翌日になっても、母さんの機嫌は悪かった。
その日は、疲れていたからか、朝は9時半に起きた。
父さんは仕事に出かけたらしい。
テーブルには、トーストと目玉焼きが用意してあった。
そして、「今日は、古い友人と会います。
夕方まで、留守するから昼は適当に済ますように。
講習はいいけれど、塾は忘れないでね! 母さん」
と置手紙がしてあった。横に千円札が添えてある。
僕は、とても朝食を食べる気になれなかった…
トーストを少しだけかじり、ジャージに着替えた。
ポケットには、お小遣いの残りを幾らか入れた。
ハンバーガーショップで使った以外に、ほんの少し残っている。
全部掻き集めれば、700円位にはなった。
母さんの置いて行ってくれた、千円札を使うのは嫌だった。
(取り合えず、散歩にでも行ってみるか)
そう思って、家を出た。行く宛ては無い。
公団を出て、住宅街に入る。
和風の家…洋風な家…大きい家…小さい家…
母さんが、憧れている広い庭付きの木造の家。
とにかくたくさんの家。
僕の足は、いつの間にか駄菓子屋の方へ向かっていた。
気づいたら、店の中にいて、自分でも焦ってしまった。
「あ…ソーダアイス…」
「無理して買わなくてもいいんだよ」
「は…はぁ…」
「ここに居たいなら居ればいいさ」
僕は少し安心して、おじいさんの顔を見た。
「絢君。別に、焦らなくてもいいんじゃないかな?
受験競争が激しい事は知っているけど、やっぱり
休憩は必要だと思うよ。ホラ!筋肉トレーニングだって
無理してやり続けると、帰って筋を痛めたりしてしまうじゃないか。
それと同じ。勉強も、休み休み、程よくやればいいのさ」
おじいさんは、僕より少し背が高い。
ふわっとゴツゴツした手が、僕の頭に乗った。
「どうして、分ったんですか?僕が、勉強の事で困ってるって…」
「フフフ」
「何で、4年前に来て以来、この店に入った事すら無い、僕の事を
覚えていたんですか?」
「フフ…それはね、記憶力がいいからじゃないかな?
私は、こう見えて、脳は若いままなのでね」
おじいさんは、2問目の質問には答えてくれた。
「どうして分かったの?勉強の事……」
「フフフ…どうしてだろうね?」
おじいさんは笑いながら、言った。
その瞬間、おじいさんの目がキラリと光った気がした――。
突然、お腹がぐぅっと鳴った。
「あっ…ソーダアイス…買います」
「100円です」
僕は、小銭を数えて、ちょうど100円渡した。
手渡されたアイスをなめた。おいしい……。
店を出た。向日葵は空に向かって、昨日よりも輝いていた。
真夏の太陽が、まともに降り注ぐ。
ジリジリと肌を焼かれているようだ…。
しばらく向日葵を眺めていた。
アイスは、全て僕のお腹に納まり、木の棒だけが残った。
「あっアタリ…」
つづく
作/愛理![]()