家に帰ると、疲れた様子の母さんが椅子に座っていた。
「ただいま」
声をかけると、「座って」と向い側の椅子を指差した。
「お茶飲む?」
コップに麦茶を並々と注いで、僕の前に置く。
僕は黙って、椅子に座った。
何か、弁解でもしようかと考えたが、母さんが先に口を開いた。
「さっき、塾の先生と話して来たわ…」
母さんは、そこで息を大きく吸った。
「あのね、先生ったら、絢にS高校は無理だって言うの。
成績も、だんだん落ちてきてるって…
母さん、絢は疲れてるんだって言って置いたわ」
「…」
「ねぇ、絢は出来る子でしょ?
頑張ればS高校だって行けるわよね?
きっとスランプなのよ。前は、とっても良く出来る子だった…
そうよ。小学校の時、よく100点のテスト、見せてくれたもの。
絢…頑張れるよね?出来るよね?絢なら大丈夫でしょう?」
母さんは、「大丈夫だよ」という返事を待っている。
分っているんだ。だけど、今「大丈夫」と言えば、それは嘘になる。
小学校の時は、良く出来る方だった。100点も取った。
中学1年生の頃は、まぁまぁそれなりに出来た。
だけど、2年に上がってから、勉強はかなりハイレベルになった。
塾の課題もやったし、通信教育も受けたし、授業中も真面目だった。
それでも、分らなくなった。だんだん、平均点を取れることすら減ってきた。
焦って頑張ったけれど、どうしようもなかった。
「母さん…僕は…そんなに出来る子じゃないんだ…
頑張っても出来ないんだ…母さんの期待は重すぎるよ」
こんな事を言うつもりじゃ無かった。
なのに、体は正直に、心の内を全て言葉にした。
僕は、母さんの顔が、悲しそうに歪むのを見た。
そして、押し殺したような声で「そう…そうなの…」と呟いた。
「ごめんね絢。母さん、疲れちゃった。出前でも取って済ませて…」
母さんは、財布から千円札を取り出すと、僕に渡した。
そして、さっさと寝室に引っ込んでしまった。
僕は受話器を取り、電話帳を開いた。
その他の欄に総菜屋の電話番号が書かれていた。
総菜屋に電話して、適当に弁当を注文した。
その日は、出前の弁当を食べ、風呂に入り、
塾の課題を少しだけやってから眠った。
母さんの辛そうな顔を思い出すと、僕まで辛くなった。
つづく
愛理
作