いけない。そう思って、小走りに家に戻った。


あまりきれいとは言えない公団の一室。

僕は、鍵を開けて家に入る。

「ただいまぁ」

挨拶をすると、スーツを着て化粧をした母さんが立っていた。

「あら絢…御素麺冷やしてあるよ。今日は講習どうだった?」

「別に…色々教えてもらえたよ。数学、やって来た」

「よかったわね。母さん、今から塾に面談、行ってくるわ

 今回の模試の成績、良くなかったものね。でも偶然でしょ?

 絢はやれば出来るもんね。疲れ、溜まってる?

 せっかくの夏休みだし、どっか行こうか!温泉とかがリラックス

 できそうね。まぁ、父さんと相談して又決めるわ。

 じゃあ行ってくるわね。その後、お買いものするから

 塾、忘れずに行くのよ」

母さんは、上機嫌で出て行った。

模試の成績のことで、ショックは受けているはずだった。

「絢は出来る子なんだ」と思い込んでいるらしい。

重荷だが、母さんの期待に応えれば、きっと喜んでくれるだろう。

僕は、母さんの期待を裏切りたくないという気持ちと

自分の人生なのだから、志望校くらい自分で決めたいという

両方の思いがあった。


複雑な思いではあったけど、「なるままにしかならない」と

半ば、考えることも思うこともやめていた。

素麺を少しだけ食べて、残りは冷蔵庫にしまう。

冷たい麦茶をグラスに注いで、飲み干す。

食欲は無かったが、何故か喉だけは乾いた。

「塾には水筒、持って行った方がいいな」

そう思い、戸棚から水筒を取り出し、麦茶を満たす。

時計に目をやると、もう12時半だった。

「そろそろ行くか」

ナップザックに、筆記用具とテキストが入っているのを確認し、

家を出る。そして、歩いて10分ほどの駅前の塾に行く。

早めに着くが、その方が落ち着く。

まだ誰も来ていない、中学2年生クラスの教室で、課題を見直す。

ついでに、こっそり持ってきた、漫画を読む。


こうしておけば、自分の楽しみも安心も得られる。

康一は、今日は欠席だった。どうしたのだろう…

少し不思議には思ったが、授業が終わる頃には、すっかり忘れていた。

今日は4時に授業は終わった。代わりに、山のような課題が出された。

       ハートつづくハート  

                      作/愛理