日中アヘン戦争 江口圭一 | 読書は心の栄養

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日中アヘン戦争 (岩波新書)

この本はかなり衝撃的だ
おそらく一般の教科書教育を受けた人、私のような日本好きで歴史をひと通り見なおした人にも
衝撃を与えると思う。

この本は戦前、日本人・朝鮮人が政府・軍部などのある程度の統制の下、
アヘンなどの麻薬を大量に作成し、満州や中国に売りさばいていた
、という内容

実は「後藤新平 日本の羅針盤となった男」において、
台湾でアヘンを専売していた、という内容を見ていたのだが、
著者の歴史観が戦後教育のものだったため、無視して飛ばしていました。

それがこの本を通じてつながった。

イギリスが幕末のあたりから、大量のアヘンを中国に輸出し、
アヘン中毒者が大量に出て、アヘン戦争が起きたことは
多くの人が知っています。

このあとも、アヘンはずっと蔓延していました(イギリスが勝ったので当然ですね)
実は台湾も阿片中毒者が多かった
日清戦争後、日本が台湾を得たとき、
この大量のアヘン中毒者をどうしたものか
と考えたそうです。
禁止したところで、闇で販売されるだけですし、大きな反抗が予想される
(ただでさえ、初期は非常に反感を持たれてた)

日本政府は徐々にこのアヘン中毒者を減らす政策を取りました。
アヘンを政府の専売制にし、
他の人が売買できないようにしていった。
第2次大戦前までにこの政策によって多くの人がアヘンをやめていったのは事実であるが、
これが、たいへん大きな収益を生む結果となります。

これに味をしめた日本は、
1932年の満洲国設立後、
台湾でのノウハウを元に、アヘンを満州に輸出し始める。
軍がどこまで主導していったかは、不明ですが
少なくとも三菱商事や三井物産がその販売を独占していたようです。
台湾と比べると、中国の人口はとても大きく、
台湾での生産では間に合わない
このため、朝鮮半島の朝鮮人も生産に加わり、彼らもこのビジネスに加わる。
基本的には満州での販売方法は台湾と同じであったようです。
原則禁止だが、中毒者に対しては販売する、という仕組みにおいて

アヘン自体は元々中東(イラン産)から輸入してきたのだが、
第2次大戦前ぐらいになると、貿易がストップさせられるようになり、
自前で生産する割合を増やす必要が出てきました。
この当時、中国にある国は
蒋介石の国民政府
満洲国
が有名ですが、これ以外にもある。

今の内モンゴルあたりにある蒙疆 政府です。
ここで大量のアヘンを生産し、満州や上海などに輸出していた。

他の政府が汪兆銘による中華民国国民政府(蒋介石と同じ名前でまぎらわしい)
こちらも日本政府の支援で作られた政府で、北京から上海までを領土としていました。
蒋介石は当時既にアヘン中毒者が少なくなっていた、と言っていたそうです(本当かはわからない)が、
日本政府は台湾と同じように、アヘンの専売をこちらでも行い、多くの収入を得ていました。

本を読む限りにおいて、
軍が主導となり、企業や個人がアヘンを製造して販売していた(日本本土以外で)のは、おそらく間違いではないと考えられる。

が、ここで疑問がある。
1.なぜ中国はこれについて、大きな声をあげないのか
南京大虐殺と比べて証拠があるこちらをなぜ主張しないのでしょうか。
アヘンに苦しんでいた、という過去を葬り去りたいのか?
それとも、まだ隠されている事実が存在するのか?
いずれにせよ、中国にとって都合の悪いなにかがあるんでしょうね

2.本では世界のアヘン生産の大部分が中国で消費されており、多くが日本から来たようです。これも、おそらく正しいのだろうが、これはフェアな意見なのだろうか?
麻薬には、アヘン以外にモルヒネ、コカイン、覚せい剤など多種ある。
この時代におけるアヘンの流通は全麻薬の流通のどれくらいを占めていたんだろうか?
という疑問がある。
アヘンをWikiで調べてみると、英語版の方には19世紀頃から段々と合成麻薬に取って代わられていった、という記事を見つけることができる。
20世紀初頭、世界で41000トンのアヘンが消費され、そのうち、39000トンが中国で消費されていたそうです。
このページが正しいかは分からないが、20世紀初頭には欧米ではすでにヘロインが流行していたようです。

麻薬に興味がないので、これ以上自分で調べようとは思わないが、
世界的にそういう時代だったのだろう
、と思うとともに
貧しかったはずの日本が、なぜ軍部や一部の財閥に金が集まっていたのか
その一端を知ることができました。 

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