百人一首暗記するぞ!続けます。
あんまり対決感はないんですけど、成り行き上こじつけております。
今回は、海と空って書いてみましたけど、ベクトルの違う男のカッコ良さ対決みたいになりました。
σ( ̄∇ ̄;)
これ持ってきたのは、選者の藤原定家のセンスなんだろうな。
まず海。
No.11 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟
参議篁
参議篁っていうと、小野小町の小野一族の小野篁さんです。
小野篁は遣唐使に行くのに、壊れた方の船に乗るのは絶対嫌だってんで、大喧嘩をして行かない事にしたので、当局の怒りを買い隠岐の島に流されてしまったんですが、この流刑の時に詠んだ歌だそうです。
「ワタシはこれから、八十島に漕ぎ出して行くんだ。(ホントは隠岐に流刑だけどね)誰か来て『篁はどうした?』と聞かれたら『八十島に舟漕いで行ったよ』って答えておいてくれ、そこのフィッシャーメン!HEY!」
という感じですわ。
しんみりしてないよね。
意気がってるよね。
篁さんだしね。
八十島ってどこだろ?瀬戸内海?と調べて、かつて、八十島祭りって宮中祭祀があって、難波津から云々との関連性の裏は取れませんでした。
そうそう、これを書くにあたって巡ったサイトに、篁が隠岐の島に流されるのに、瀬戸内海を西に行って関門海峡を抜けて隠岐の島と言うコースを取っている(どうして陸路で対岸まで行かなかったのだろう?)みたいな事が書かれていたのですが、一つは陸路で因幡までは行けるけれども、そこからのダイレクト渡航は海流の関係や季節柄で困難で、瀬戸内海を使った方が楽で一般的だったというのはあると思うんです。
もう一つは、遣唐使を断ったから【船に乗って行けよ】ってのもあるんじゃないかと思うんですわ。
遣唐使は博多の港から出ていますからね。懲罰コースですよ、多分。
小野篁はものすごくアタマが切れたとか、地獄と行き来していた伝説があるからか、結構長生きしていたようなイメージですが、51歳で身まかっているとのこと。
こういうのを見ると、なんだ、現代はテクノロジーが発達していて衛生状態がいい分暮らしやすいけれど、いずれの時代においても才能に乏しいってのはつまらない人生を送るって事だなってしみじみ思ったりしております。
何だか小野篁って人生楽しそうなんですよ。
気のせい?
わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟
参議篁
次は空
No.12 天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
僧正遍照
こちらは、色事が過ぎて出家しても女好きの性癖が抜けなかった僧侶の歌ですね。
この歌、五節の舞の舞子を見て詠んだ歌だそうです。
五節の舞っていうと、宮廷にて官位が高い家のご息女が舞う祭祀舞なんだそうで、聞くだに美形が美しい舞を舞う華やかな会なんだろうなと思われます。
美形で身分の高い若い女性が舞うというだけで、宮廷に出仕している男どもが色めき立つ様子は容易に想像できるのですが、僧侶も色香に惑わされているんですね。
いや、この人の場合は単純に
「いとをかし!素晴らしい、ラブリー!アンコール!」
って事なんでしょうけど。
ここで、舞姫を天女に見立ててるのが平安プレイボーイで鳴らしたオッサン坊主の粋ですな。
生臭だけれども、こういう事をさらっと言ってのけるところにキザなカッコ良さはあると思いますのワタクシ。
そうそう、大和物語の話が出てましたね。
大和物語によると、
小野小町が石上寺に参詣に行き、昔付き合っていた僧正遍照がいると聞いたので「岩の上に旅寝をすればいと寒し 苔の衣を我に貸さなん(岩の上に寝るのは寒いわ、僧衣を羽織りものとしてを貸していただけないかしら)」と歌を詠んで贈ったら「世をそむく苔の衣はただ一重 貸さねば疎しいざ二人寝ん(私は僧侶なので一重の袈裟しか持ってなくて、その一枚を貸したら自分のぶんが無くなるんですわ。でも貸さないと寒そうなので一緒に寝ましょうか)」などという歌を返した
そうです。
平安時代のチャラ男エピソード、バリエーションの一つではあるんですが、坊主the生臭ですよ。
でもこれ、いい話じゃないですか。
こういうのチャラ男はアタマが切れる教養があるから生臭でもいやらし臭が消せるんであって、いやらし臭は香水・・・じゃなくて香を焚き染めたりして消すもんじゃないよなあ、なんて思ったりするのでありました。
僧正遍照も人生楽しんでる、絶対!
天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
僧正遍照