吉里爽オフィシャルブログ 「微風爽々」
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前略おふくろ様_#01

前略おふくろ様
 
母さん、その後、お元気ですか?
ふるさとの熊本の空の上からは、何が見えますか?
 
去年の3月1日、母さんが天国に旅立ってから、はや1年。
 
命日には、母さんが作るおはぎには遠く及ばないけれど、スーパーでおはぎを買って食べました。「この味の違いはなんだろう?」といつも思うけれど、永遠のミステリーで終わってしまったのは残念。母さんが元気なうちに、自分の嫁さんに得意料理を伝授してもらう夢は未遂に終わっちまった。そもそも、嫁さんが見つかってない(苦笑)。いつだったか、「今の時代、一生独身でもいいのよ」と言ってくれたのは母さんなりの気づかいでしょう。もう少しだけ、諦めず、「嫁探しの旅」を続けてみます。
 
 
あれから世界は変わってしまい、まだ母さんが元気だった頃と同じ姿には戻っていません。「あの頃と同じ世界」を待ち望むよりは、変わってしまった世界で、少しでも楽しく充実した時間を過ごすことを考えた方がよさそうです。
 
コロナ禍のせいでスケジュールが狂ったプロ野球ですが、今年はあれこれ制限はあれど、予定どおり開幕します。
 
毎年、誕生日プレゼントに贈っていた「週刊ベースボール 選手名鑑号」、今年は自分用に買いました。母さんがしていたのと同様、熊本出身の選手をチェックしてみるね。
 
 
俺の一押しは、ライオンズの川野涼多くん。ファームの松井稼頭央監督同様、スイッチヒッターのショートで九州学院出身の今年2年目です。彼をスカウトした母校の先輩、高山さんがファームのコーチに就任したので、それも追い風になるでしょう。いつの日にか、松井稼頭央監督が一軍で実現する時に、「1番ショート、川野涼多、背番号7」が見られるといいな。
 
さで、俺の人生も、今年から第2章。
残りの人生でどれだけの夢がかなえられるのか、心を尽くして生きていきます。

そう言えば、以前に歌詞を提供した東野克さんから久しぶりにオファーをいただき、偉大なギタリストの丹波博幸さんとのコラボレーションが実現しました。東野さん経由で、丹波さんからの歌詞に対するお誉めの言葉を聴いた時、ここ数年に味わった苦労も一瞬で吹っ飛びました!自分の作詞家人生にとって、大切なお仕事になりそうです。

母さんのフェイバリットソングの動画を貼っておくので、ゆっくり聴いてね。

また、手紙を書きます。

元気で!

爽々!

吉里爽

PS
大好きな高校野球も、今年は予定どおり開催されそうです。
熊本の高校に、天国から熱い声援を送ってね。

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20210203_立春の誓い『悔しさで生きてゆけ』

2021年2月3日。

暦の上では、「立春」。
 
自分にとって、リスタートの日。
第2の人生の始まりの日となりました。

いつまで生きていられるのかわからないご時世ですが、「一意専心」の覚悟を以て己の夢に立ち向かい、残りの人生を笑顔で生き抜く所存です。常に周囲への感謝を忘れず、「克己」と「貢献」をキーワードにして、目の前の一秒を生き尽くしていきます。
 
さらに言うなら、自分の作詞家デビュー作である、矢沢永吉さんの「年甲斐ない関係ない限界なんてない」に刻んだメッセージ、すべてのフレーズを絶対に裏切ることはできません。
特に、ココ↓ですね!
♪現実なら変えられるさ 腰を揺らせ 自分に叫べ All right!
 
ブログなどには書き尽くせないほどの大きな挫折を味わいましたが、「成りあがり」の表現をお借りするなら「落とし前つけないと」死んでも死にきれません。
 
さぁ、行こうぜ、俺!
粛々と、ローテンションで、嵐の大海原さえ楽しんで!
 

体調を崩してつらい思いをした受験生時代、自分を支えてくれたのはこの歌でした。

♪The Promised Land / Bruce Springsteen

 

 

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※所沢駅前には、今夜もライオンズブルーに輝くクリスマスツリーが瞬いています。クリスマス絶賛継続中です(笑)。
 

編集後記_「ステッピンアウト!#16_名球会_松原誠&柴田勲」

「STEPPIN’ OUT!(ステッピンアウト!)」誌にて好評連載中の「名球会、伝説の名選手たちの肖像」。

山崎二郎さんがインタヴュー&撮影を、私こと吉里爽が「1文字入魂」の気合いで(笑)構成を担当しています。原稿をまとめつつ感じた印象を、つらつらとここに書き記しておきます。

 

さて、連載3回目にご登場いただいたのは、松原誠さん(大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ〜読売ジャイアンツ)と柴田勲さん(読売ジャイアンツ)のお二方。

 

今回に限らずですが、この連載企画の魅力は、現役時代には語られなかったエピソードの数々に触れられること。おそらくは野球マスコミの記者の方でも知らなかった、初めて知る事実、お話が度々語られます。

 

 
「名は体を表す」と言いますが、少年時代にブラウン管越しに観ていた松原さんの印象は、「一流企業の管理職も務まりそうな、誠実さがユニフォームを着て歩いているような品格のある方」というものでした。そのイメージどおりの穏やかな受け答えで、20年に及ぶ現役生活のあれこれをお話しいただいだいたのですが、驚かされたのは、「1971年のシーズンは、左手首を骨折したまま、四番打者の維持で試合に出続けた」という鉄人ぶり! さらには、デッド・ボールを頭部に食らった翌日の試合に代打で出場、「ここで踏み込めなければ、野球人生の終わり」と覚悟を決めてボールに向かっていったエピソードも胸熱!そんな松原さんの「ベスト・オブ・名言」をあえて選ぶなら、「僕は、バッティング、野球の絶対要素として、ボールに向かっていく『勇気』が必要だと思っています」で決まりですね。寡黙な印象の無冠の帝王、松原誠さんが胸の奥に秘めていたのは、燃えたぎるような勇気と闘志でした。その他、ジャイアンツ移籍後に王貞治さんから聞いて衝撃を受けた一言など、「ON」という巨大な壁に敢然と立ち向かった世代のスラッガーならではのお話もご紹介しています。
 
 
そして、日本球界初のスイッチ・ヒッターにして、赤い手袋の盗塁王、柴田勲さん。三拍子揃った名選手なだけに、取材時には、盗塁のテクニックはもとより、スイッチ・ヒッター転向秘話、外野守備のお話など、たっぷりうかがったのですが、スペースの都合で、テーマを「盗塁」に絞りました。インタビュアーの山崎二郎さんも盗塁を生き甲斐にしている「週末野球選手」だけに、ポイントを外すことなく、柴田流盗塁術の奥義に迫っています。そこそこの知識がある方なら驚かれるくらい、それはシンプルなのもの。ちなみに、この連載企画には、柴田さん以外にも、前回ご紹介した広瀬叔功さん(南海ホークス)、さらには福本豊さん(阪急ブレーブス)と、3人の盗塁王が登場、それぞれ異なる盗塁術のエッセンスをご紹介します。盗塁のスキルアップをめざしているアマチュア・プレイヤーの方も、よかったらチェックしてみてくださいね。
 
閑話休題。
 
当時は珍しかった赤い手袋で塁間を疾駆する柴田さんは、後の世代で言うなら、スイッチ・ヒッターとしては後輩になる松井稼頭央選手にも通じる華やかさがありました。自分が記憶しているのは、長嶋ジャイアンツ時代の柴田さんですが、とにかく「スイッチ・ヒッター」という独自性に憧れましたね。俊足は真似できませんでしたが、柴田さんの真似をして、自分もスイッチ・ヒッターになりましたから(笑)。「赤い手袋で盗塁しまくるスイッチヒッターとか、キャラ立ち過ぎだろ、この人。よっぽどの目立ちがりやのカッコマンなんだろうな」と勝手に思ってましたが、さにあらず。赤い手袋誕生秘話は誌面でお楽しみください!
さて、柴田さんの「ベスト・オブ・名言」は、「全盛時代に僕はがメジャーのチームでレギュラーだとして、年間100本以上のヒットが打てるなら100盗塁できますよ」という自信のコメント。実は、名球会メンバーと言えども、「現役時代にメジャーのチームにもし移籍できたら?」という質問には「当時のメジャーの方が今よりもハイレヴェルだったから、想像もつかない」と謙遜される方が多いのですが、柴田さん、よくぞ言ってくれました!誇り高きコメントをまとめつつ、「あぁ、子供の頃、柴田さんに憧れてよかったな」と思ったのでした。
 

この「名球会、伝説の名選手たちの肖像」では、引き続き、日本球界のレジェンド・プレイヤーたちの濃密な野球人生のエッセンスをお伝えしていきます。「プロアマ問わず、野球に関わっている方、すべての野球ファンに読んでいただけたら」と切に願う次第です!

 


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