息子の告白 一番最悪で孤独だったお正月のときのこと | 起立性調節障害の息子完治までの(YoshiYoshi)ブログ

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一人息子が中3夏に重度の起立性調節障害になり、10年が経ちました。不登校、高校受験、高校退学、高卒認定試験、予備校、大学受験を経て、今は大学生になりました。その経験をブログにしました。これが少しでも誰かの助けになればと思います。

 

10年前一人息子が「起立性調節障害」になったことから不登校・退学・引きこもりになりました。

私は子育てに悩みながらも回復していく息子を見守ってきた母親です。

一通りの状況はすでにブログにしたので、これからはテーマを決めて書いたり、追加したいことなどを書きたいと思っています。よろしくお願いします。

つい最近、息子が

起立性調節障害だった時のことを

振り返ってこんなことを話してくれました。

 

「最初のうちのストレスと

 後になってからのストレスは

 ちょっと違ったんだよね」

 

「最初の頃は目の前にあったことに

 対するストレスだった」

 

「でも、高校を退学した後のストレスは

 将来的な不安によるストレスだった」

 

「そして、一番ひどくストレスを

 感じたのは、予備校に通う年の

 お正月だったんだよ

 

毎年、祖母の家に集まって

親戚が集まるのが恒例なんですが、

その年のお正月は息子が

「一人で勉強したいから自宅に残る」

と言って3、4日一人で過ごした

ことがあるのです。

 

「その時に言いようのない

 孤独と将来不安を感じて、

 最悪だった」

と言ったのです。

 

今までそんなことは聞いたことが

なかったので、びっくりしました。

 

「でも、そのお陰で予備校に行く

 決断したんだよ」

 

確かに予備校に通えたことは

とても大きな決断でした。

その決断が出来なかったら、

今の大学生活はなかったかもしれないのです。

 

その時の話はコチラからお読みください。

 

最悪の最大のストレスを感じてからの

復活だったんだと知りました。

不安を断ち切るには、

自分で今までの自分を打ち破る勇気が

必要だったんですね。

 

将来不安を解決する方法を

自分なりにちゃんと考えて

自分で解決したのですね。

 

それが「最大の孤独、最大のストレス」

だったとはちょっと驚きでしたが…

 

今まで塾など他人と一緒に勉強ことを

嫌がってきた息子が

なぜ「予備校に行く」と急に

言い出したのか、納得できた気がしました。

 

起立性調節障害で悩んでいる多くの人に読んでもらいたいと思い、ブログランキングを始めました。少しでもいいなと思っていただいた方、起立性調節障害を多くの人に知って欲しいと思った方はぜひポチッとしていただけると嬉しいです。 

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