尺八:海童道道曲(わたづみどう)について | Ryuken's Bar

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尺八演奏家 吉岡龍見のブログです。


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吉岡龍見の尺八本曲(特に、海童道道曲)について、何回かに分けてブログで公開したいと思います。
私は幼少の頃より、邦楽に接していました。それは、私の母が箏曲の演奏をしていたかです。母は生田流箏曲筑紫会の重鎮で筑紫会(本拠地は九州博多)が東京で演奏会を行う際には、筑紫会の家元が我が家を宿泊場所にしていました。下合わせも当然の事ながら我が家で行なっていました。有名尺八演奏家も多数くいらっしゃいました。青木鈴慕、山本邦山、横山勝也、山口五郎他多数の演奏者の先生方でした。下合わせの際には私達子供のいる場所もなく、絶えず人が出入りし、家の片隅に居た記憶が有ります。そんな訳で、私は幼少時代には邦楽は音楽の中で最も嫌いなジャンルでした。洋楽に走り、ピアノ、クラリネット、フルート等様々な楽器を楽しんでいました。クラシックに始まり、ジャズ、ロックを聞きまくっていました。特にクラシックは週1位の割で音楽会に足を運びました。管弦楽、オペラ、室内楽等、数多くの演奏家の音楽を耳にしました。このような私のわがままを許してくれた両親にはとても感謝していす。お陰様で其の甲斐あって、譜面の読み書きは自由に行うことが出来、今でも助かっています。そんな私が尺八を初めた理由は、高校時代フルートでジャズのセッションをやっていたのですが、大学受験に失敗し、浪人になった年の6月に、当時フルート界での第一人者:ジャン-ピエール-ランパルの演奏を東京文化会館小ホールへ聞きに行った際に、ランパルが日本の作曲家の作品を演奏しました。フルート歌口の部分を回転させ音程を上下させたり、手穴を微妙に操作して4分の1音、8分の1音と変化をつけていたのです。素晴らしい演奏でした。解説書を読んで、その作品は日本の作曲家が、フルートの為に日本の篠笛を参考にして作られた曲と知りました。その時背筋が震え、脳裏に尺八が浮かび、演奏したいと思ったのです。帰宅後すぐに両親に「尺八を習いたい」というと、びっくりしていました。当然です。それまで邦楽を目の敵にしていた者が、尺八を習いたい、と言ったからです。当時の尺八演奏家がどなたが良いのか、わけも分からなかったので、とりあえず自宅に1番近い先生は誰なのかで判断しました。それが、私の師である横山勝也師でした。師の稽古場迄は、自宅から自転車で5分と非常に近かったです。
次回は、入門、学生時代。

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