杉本善徳BLOG

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時は流れるし、人は揺れるし、メガネは曇るし、時計はひび割れるって話。

ネイゴヤでのFC限定公演「参」が終演しました。

かけがえのない時間をありがとうございました。

 

特殊なライブだったことや、FC限定であったことなどもあり、

ふざけたことから普段はあまり言わないことまでMCで話しましたが、

ライブに参加されていない方にも含め、これは話したい(伝えたい?)と思ったことがあるので

ブログに書いておこうと思い、今に至っております。

 

↑名古屋からの帰路で食事をしようと入った店がすごい湿度で、一気に曇ったメガネ

 

 

我々ミュージシャンは、多かれ少なかれ何らかのものを生み出していることが多く、

わかりやすいものでいうと曲や歌詞、少しわかりづらいものでいうとフレーズや音色などもそうです。

(人によるので、絶対に生んでいるというわけではないが、あくまで多くはそうなのかなと)

その仕事やジャンル、現場の種類によって生み方/生まれ方は違ってくるのですが、

バンドとなると、良くも悪くも”らしさ”みたいなものを考える瞬間が増えるので、

その悩んだり考えたりしたものがパッケージングされていくものな気がしています。

 

これを読んでいるほとんどの方が大人だと思うので、生きてきた中できっと経験していることとして

「以前はこう思っていたけれど、今はこう思う」

とか

「あのとき、なんでこんなことを言った(した)んだろう」

みたいなことって、我々にも当然あるもので、

曲、詞、音、フレーズなどにもそう感じることは往々にしてあるのです。

 

なので、自分の生んだものでも『今は』好きじゃなかったり、なんだか小っ恥ずかしかったり、

なんでこんなことやってるんだ!?みたいに理解不能だったりすることがあるわけです。

これって俺は悪いことじゃないし、当たり前のことなんじゃないのかな?と思っています。

(それを公にするかどうかは別として)

 

アナタが好いてくれている『私が生んだもの』を『今の私』が否定的だったりすることもあるわけですね。

それは、伝わり方によってはアナタにとって残念だったりするかもしれないけれど、

これはやっぱり伝わり方の問題な気がしていて、俺的の自分も自分である以上は「それを好いてもらえたことは光栄である」というのが大前提として存在して、

その上で、『あくまでも今は』というところなんだと思う。

 

ブレずに変わらないことも勿論あるけれど、ずーっと波打っているものもあるもので、

俺は昔から「揺れる」という言葉が音楽を作る上でとても大事なキーワードだとしてきているけれど、

やっぱり心も思考も、ずっと揺れているからこそ続けてくることができたんだろうな、と思う。

 

ま、とにかく稚拙だったり、厨二病みたいなものを患っていたり(笑)、

そのときどきのいろんなことが影響した時間とか空間みたいなものが切り抜かれて作品になっていくものなので、

作品への解釈や感情もグルグルと何周も何周もする可能性がある。

逆に、ずっと「これに関してはこう!」と思い続けられるものもある。

どっちが良いとか悪いじゃなく、性質の差なんだと思う。

作者にとって、どの作品も『根底では愛しているもの』なんじゃないのかな〜と思うので。

この意見さえもまた変わっていくと思うけれど(笑)

 

映画とかアニメの監督やら漫画とか小説の作者が、過去の自分の作品を否定しているのを見かけるたびに

「えー! あんなに素晴らしい作品なのに!?」

とか思ってたけれど、多分こういうことなんじゃないのかな。。。

知らんけど。

 

ーーーー

 

一部の方から質問があり、

「なるほど、確かに気になる人もいるか」

と思ったことに触れておきます。

 

昨日のFC公演は、体調不良が原因によって田澤くん欠席の「Waive-1」でのライブになったのですが、

歌のデータが流れた曲と流れなかった曲の違いは何なのか〜?というのは、

 

1)Waiveはバンド演奏のみの曲(打ち込みなどの同期データが走っていない)が多く、かつガイドとなるクリック(メトロノーム的なもの)も聞かずに、その場の温度感からビートを作る曲が多いので、

録音されている歌のテンポと合わないため、歌データを使用することができない

 

これが圧倒的に多いです。

で、もう1つの理由とdして

 

2)「この曲は、ガイドなしでも歌ってほしい」と強く思った曲については、あえてデータを出さないようにしました

 

以上です。

 

↑最後のアー写の撮影時にフィッティングして気に入ったから買い取ったメガネ

 

ーーーー

 

12/15までに治す気でいたので、公に話さないようにしていたのだけれど、

11/29のライブ翌日からずっと体調が悪く、アレが治ったらコレがダメになり〜というのを繰り返していて、

12/12ぐらいから、よりによって一定の高さとか音量以上になると声が出ない状態になってしまい、

以前からの諸々の症状で飲んでいる薬との相性から飲めないものが多くなってしまっているため、

セコセコと(?)漢方を飲んで備えていたのですが、どうしても治しきれず、

ボーカルレス状態のライブにも関わらず、コーラスワークもままにならない状態となってしまい申し訳なかったです。

少しでも支えられれば〜という気持ちでいたのに不甲斐ない気持ちなのと、そもそも全員でやれていたとしてもライブの日にコンディションを持っていくことができなかったことに対して反省しきりです。

 

 

バンドってのは不思議なもので、それぞれの役割があり、それは人体とかとも似ているなと思うのです。

これもずっと言ってきていることだけれど、俺としては「上手いか下手か」みたいなのは、

そのアーティストが何を表現したいかという部分にとって必要になる可能性があるだけで、『どうであっても必須のもの』ではなく、

表現したいことができる技量にさえあれば(ここの解釈がムズイのだが、今は割愛)、そんなことよりも大事になってくるものがある。

それが、「何で構成されているか」というところで、バンドでいうならば誰が演奏しているか〜みたいなところに近いし、

その「誰が」というのは「どんな人なのか」というところに結びついていくな、と思います。

どんな上手い人も俺にはなれないし俺のプレイはできない(楽譜上という意味ではなく)わけで、それは全てのミュージシャンの数だけのバリエーションがあるということを意味すると思います。

そりゃ役割として心臓なのか脳なのか毛なのか爪なのかとかはあるかもしれないけれど(笑)、

それでもやっぱり、「この組み合わせからしか生まれない何か」を組み上げるのがバンドであり、それはその人を好きか嫌いかとかと別次元のものだと俺は思っています。

まぁ、これについては、またいつか別の場で話しましょう。

長くなる。

 

  

人体と言えば、、、(?)

痛み止めが効いているので、頚椎や手首などの痛みはかなり抑え込んでライブができているのですが、

この数日前から右手の中指と薬指に神経痛みたいなものが出てきて少し困っており、

これ、もしかして痛み止めを飲んでるせいで気づいていないだけで頚椎の影響なのでは……? と思いはじめ、震えています(笑)

身体って本当によくできているというか複雑に絡み合うようになっていて、

おそらく手首を庇うようにしてきたことが理由で、LAST GIGSぐらいからはギターを弾くと左手の小指と親指の関節が痛むようになってきたり、

ほかにも細々といろいろあって、「首や腰は一番大事にしないといけないよ」的なことは先人たちが口を酸っぱくするように言ってくれていたのに、

結局のところ実害として感じるまで対策することのできなかった自分に呆れるしかない日々を送っています。

 

まぁでも、1月4日までは、どんな無理をしてでもやる気でいるので、

一緒に人生の色褪せない1ページを作っていきましょう。

 

人生その先のことは、それから考える。

 

↑充血してる左目。前から思っていたが黒目が茶色すぎる。家系的に目に爆弾(読む:ボム)を抱えているらしい。

 

では、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

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