杉本善徳BLOG

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「燦らかな刺激で脳ミソを焼き尽くして」

終わった。

  

 

終わってしまった。

 

  

……と思っているうちに、Waive武道館公演から早1週間が経ってしまいました。

(と書き始めてから、さらに1日が過ぎました)

 

  

あらためて、会場にお集まりいただいた皆様、

応援くださった皆様、本当にありがとうございました。

 

Blu-rayの制作やら何やらがあるので、

まだしばらくWaiveとして責務が続きますが、

どうぞお付き合いいただけますと嬉しいです。

 

 

 

 

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まず、武道館公演を含む、再結成〜再解散までの一連について。

本来は、このひと言で済ませてしまっていいものではないかもしれないけれど、

結果として長々と書くよりも適していると感じたので、改めてひと言で表させてください。

「まぶしかった」

最早、何がまぶしいのかもわからないほどに、他の何でも感じたことのないまぶしさの中にずっといます。

こんな時間を生きることができて、こんな経験ができて、幸せです。

 

 

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1月5日のXにも書いたことですが、

その日までの過程は燃やし尽くせたけれど、

最後には小さな残り火のようなものを感じています。

約1週間が経った今もそれは変わりません。

 

 

言葉を探しながらだったから上手く伝えられなかったかもしれない部分なのですが、

最後のMCで、死ぬまで続く人生という物語の中で文章ごとに「。」をつけていくようことについてを

「ご馳走様」「おやすみなさい」などのようなもので例えました。

その後も普通に日常が続き繰り返され、また食べるし、また寝るのに毎度区切りをつけていることについて。

それは、「人生という物語の幕が閉じるまでは、あくまでも章が閉じていくだけ」

という考え方と似ているように思います。

 

 

自分に置き換えて考えても、やはりそういうもんで

結局のところ何かの目標に向かって走り続けても、そこがゴールなわけではなく、

今もなお道の半ばにいるんだな、歩くにせよ走るにせよ進むしかないんだな、と。

 

 

それこそ残り火が、「火種」が消えるまで、何度も火を起こし続けるような、

そういう生き方を選ぶ性質なんだろうな自分は〜と、薄ボンヤリですが感じています。

 

  

そして人生ってのは、時間が無慈悲に過ぎていく中で勝手に進んでいってしまうものなので、

そこにストーリーを宿すには、次の文章を書き始める必要があるから、

きっと、また言葉を紡いでいくことになるんだろうと思います。

 

 

言葉が文になり物語と呼べるものになるまでに、体調の改善にも努めるようにします。

 

  

いろいろと思うことや話したいことなどもある気がするんですが、

書き始めると半端なく長くなってしまいそうなのと、

多分だけど、今後ももう少しだけ、どこかしらで話す機会などがあるだろうから、

ネタ被り(?)を避けるためにも、今は書かないようにしておこうと思います。

出るとこ出たあとで、どうしても残しておきたいことがある場合は、また書きますね。

  

 

↑山縣が舞台袖から撮った写真。あいつ、俺の指差し好きなんちゃうか…

 

  

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ということで、

また夢中になれること/ものを作っていくぞ!

過去もすべてそうだったように、

他の誰にもできない、俺だけにしか生み出せない世界、温度、空気感、そういったものを作る!!

 

 

やがて今のまぶしさにも目が慣れてくるから、そのときは”もっとまぶしい”ものを見たい、見せたい。

 

そうやって、自分に発破をかけるのだ。

「爆(読み:ボム)」だけに。

  

  

↑「会燦」

 

 

 

 

 

 

 

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