タイトル 時々、私は考える

公開年

2023年

監督

レイチェル・ランバート

脚本

ケビン・アルメント ステファニー・アベル・ホロウィッツ

ケイティ・ライト・ミード

主演

デイジー・リドリー

制作国

アメリカ

 

このブログでもちょくちょく、邦題のセンスのなさを揶揄する事があるが本作も良い邦題とは言えないが、センスが無いというよりも説明不足の邦題だと思う。原題は「Sometimes I Think About Dying」。直訳すると「私は時々、死ぬことを考える」となり邦題は“About Dying”の部分が抜け落ちている。その為“我思う。故に我あり”的な哲学的なタイトルになっているが、本作にはそうした要素は少ない。主人公が常に“死”を意識していること。そしてそれを楽しんでいる事を頭に入れておかないと、本作の前半部分は分かりにくくなると思うので、これから見る人は頭の隅っこにそれを置いていた方がいいと思う。

主役は、デイジー・リドリーで、本作では制作にも名を連ねている。パンフレットでの本人のインタビューによると、脚本が送ってきてとても気に入ったという事の様だ。デイジー・リドリーと言えば、「スター・ウォーズ・ep7.8.9」の主人公レイ役で知られている。あの役を演じる事で確かに彼女の知名度を上げたが、その後のキャリアを見ると果たしてこれが彼女にとって良かったのか判断付きかねる。美形だし演技力もあるのだが、なかなか役に恵まれていない気がする。ただ、本作では非常にはまっている。

幻想的な”死”のイメージは見所

 

舞台は閑散とした港町オレゴン州アストリア。この町に生まれこの町で育ったフランが主人公。余談だが、ここは映画「グーニーズ」の舞台として有名。

彼女は人付き合いが苦手で、職場と自宅を往復するだけの平穏な日々を過ごしていた。職場でも囲いのある自分の席で、同僚たちのフレンドリーな私語をよそに、黙々とパソコンに打ち込む日々。ただ、外の世界に全く興味が無いわけではなく、同僚たちの会話に聞き耳を立て、たまには囲いから身を乗り出して様子をうかがう事もある。その事から彼女は本当はみんなの輪の中に入りたいが、そこからくる煩わしさに関わりたくない様子だとうかがえる。ただ面白い事に、終盤で彼女が同僚の為に(おそらく初めて)ドーナッツを差し入れた時、みんな特に驚く様子もなく軽口を言いながらも受け入れていたので、彼女のそうした思いは分かっていた様子。

職場では友人がいない彼女は、定時に出勤して定時に帰る味気ない日々を送り、帰宅後冷凍食品をチンして好きなカッテージ・チーズをかけて、赤ワインと一緒に食べるのが彼女の日課。余談だが、デイジー・リドリーはこの時までカッテージ・チーズを食べた事が無かったそうだ。そんな彼女の唯一の楽しみは、自分の幻想的な“死”を空想する事。映画の時々にそのシーンが挿入されるのだが、それがとても美しくて見どころの一つになっている。

そんなある日、同僚のキャロルが定年退職し、フランにも寄せ書きが回ってくるが、熟考の末彼女が書いたのは「定年退職おめでとう」という、当たり障りのない言葉。ただここでも一応熟考することから、今の自分を変えたいという願望を持っている事が伺える。

キャロルの後任としてフレンドリーなロバートという男が入ってくるが、どういう訳かフランは最初から彼が気になる様子。備品の申請の仕方をメール(多分社内のアプリ)で尋ねられたことから、終業後に映画に誘われてしまう。この時ロバートは「これまで仕事をしたことが無い」と打ち明けたが、あれはデスクワークをした事が無いという事だろうか。後に明らかとなるが、彼には2度の離婚歴がある以上、何らかの仕事はして来ていたはずだが。

このあとなんやかんやあって、牛歩の如く距離を詰める二人。そしてロバートの友人が主催するパーティに参加するが、それが殺人ゲームをやるというモノ。いや、ホラーチックなものではなくて、家中に隠れた参加者から殺人鬼が肩を叩かれた人が、どのように殺されたかを披露するというモノ。日頃自分の死を妄想しているフランにとってはお手の物で、その詩的で美しい死にざまは参加者を驚嘆させるに十分。その後フランを意識するようになったロバートは、彼女の事をもっと知りたくなり家族関係をしつこく聞くと、フランはブチギレ。「だからあなたは結婚が長続きしなかったのよ」と言い放ってしまう。いやそれ、絶対言っちゃいけない奴!

じわじわと距離を詰めるが、最後まで友達以上恋人未満状態。中学生かよ!

 

自分だけの世界に閉じこもっている一人の女性が、周辺で起きたささやかな変化をきっかけに、自分の殻を打ち破るまでをファンタジックに映画いた映画。一見ラヴ・ストーリーのように見えるが、ハグはするがキスには至らないし、アメリカの男女なら友達関係でも普通にハグするだろうから、実は二人の関係はラヴではない様に見える。それにラヴ・ストーリーにしては相手のロバートの情報が少なすぎる。それではフランの情報はあるかと言えば、これがまた微妙で、二人の喧嘩のきっかけとなったフランの家族に関して、最初の方で母親から電話が掛かっていたから御存命なのだろうが、それをフランはガン無視。その事から、家族としこりがありそうだが特に描写されていない。つまり二人とも、出会って以降の情報しか知らない事になるが、そんな状態では恋愛関係までは至らないだろう。ただ、ラストを見るとその後関係は発展するかもしれないが、本作はほんの入り口と言ったところだ。

個性的なメンバーが多い職場だが、それでも明るくフレンドリー

 

実際本作は少々小粒にすぎる。非常に上手くまとまっているし、映像の良さは特筆すべきだが、どこかおとぎ話的な印象がぬぐえない。ただ、だからと言って駄目な映画でもなく、映像の良さも相まって、ほんの少し前向きになれる映画だと思う。ただ、どちらかと言えば映画館より、配信向きなのかもしれないが。