タイトル 温泉シャーク

公開年

2024年

監督

井上森人

脚本

井上森人

主演

金子清文

制作国

日本

 

サメ映画というのは特殊なジャンル(そもそも、単独のジャンルとしていいのかという疑問があるが、単純にアニマル・パニック映画ともくくれないほど奇妙奇天烈な映画も数多くあるので、ここでは単独のジャンルとする)だが、とりあえず背びれと、サメの頭の造形を用意すれば何とかなるというお手軽さもあって、今や世界中で作られている。日本のサメ映画第1号は意外と早く2009年の「JAWS IN JAPAN 」という、捻りも何もない単純なタイトルの映画が第1号とされる。ただこの映画の大半は、出演しているグラビアアイドルの水着ばかりで、サメの出番はほとんどない。その後長い空白を経て2023年に「妖獣奇譚 ニンジャVSシャーク」が作られたが、これも忍者アクションが中心でサメは脇役でしかない。だから、サメが大暴れするいわゆる「サメ映画」は本作が最初と言える。

最初はリチャード・ドレイファスのように主役かと思ったら、まさかの途中退場

 

第23回岡本太郎現代芸術賞に、コントで入選するなど現代美術界隈で活動するコントユニット井上森人が監督、脚本を担当。井上はこれまで短編の経験しかなく、本作は長編第1号。また、熱海市の地域活性化をめざし、地元の全面的な協力のもとに熱海でロケを敢行している。こんな?映画に協力するとは、熱海市も懐が深いが、おかげで本作のクオリティアップにつながっている。

製作費の調達は、クラウドファンディングにより、2023年6月4日の開始から5時間で目標額の100万円を達成するという快挙。更に、7月17日までの期間で最終的な金額は1,140万6,100円に達した。世の中には物好きもいたモノだ。もっともかくいう私も、知っていれば寸志をカンパしていたかもしれない。

この危機にこの人が市長だったのは良かったのか?悪かったのか?

 

公開後の評価は上々で現時点でFilmarksだと3.7.映画comだと3.9と意外なほどの好評価。感想もおおむね好評で賞賛に溢れているが、だからと言ってサメ映画の耐性が無い人が間違っても「それじゃあ見に行こうか」等と思ってはいけない。本作は純度100%のサメ映画であり、清々しいまでのバカ映画だ。

ある意味生粋の学者バカ

 

東洋のモナコと評される温泉観光地のS県暑海(あつみ)市。冒頭でしれっとこの「東洋のモナコ」と出ていたが、その字幕だけで笑わせてくれるとは。ここでは市長の万巻が主導する複合型巨大観光施設の建設が進んでいる。工事の3Dプリンターを活用することで、大幅な工期の短縮を実現し、多くの観光客が訪れていた。

冒頭で逆玉に乗ろうとするクズ男が、恋人を始末するためクルーザーからサメが遊弋する海に突き落とすが、海保に連絡している最中にクルーザーが激しく揺れて「おっ!サメ出現か‼」と期待させるが、現れたのは件の恋人を従えた筋肉ムキムキのマッチョ男。このマッチョ。結局最後まで正体はおろか名前すら明らかとならず、みんなからは「マッチョ」と呼ばれているだけ。言葉も発さなかったが、終盤でようやく喋った時は「お前、喋れるのか?」と「銀河英雄伝説」のアイゼナッハの様に驚かれていた。

このキャラを思いついた時点で勝ち確定

 

その頃、海から、サメに喰われたと思しき死体が発見される。その事から警察は市長に遊泳禁止の措置を取るように要請するが、万巻は「専門家を読んでいるから大丈夫」と言って取り合わない。ここは「サメ映画あるある」だ。

そして万巻はサメを倒したら賞金を出すとした為、インフルエンサーたちが集まり、暑海は活況を呈する様になる。実は専門家の意見を取り入れた万巻は、サメ除けのブイを設置して湾内に入れないようにしていたのだ。意外と有能な市長だが、本作の前日譚にあたる「温泉防衛バスダイバー」ではやる気のない駄目市長のように描かれている。もっとも最後には、宇宙人の地球侵略を阻止wするのだが、そこから覚醒したのか?

一方で温泉客が、こつ然と姿を消す失踪事件が連続して発生する。無関係と思われたこの二つの事件だが、警察署長の束が偶然海洋生物学者の平田が行方不明となる現場に居合わせ、また弟子の巨勢真弓教授の助言から、暑海市内各地の温泉に太古の昔からよみがえったサメが行き来し、温泉客を襲っているという信じがたい事実を突き止める。その為、万巻が設置したサメ除けのブイは全く役に立たなかった。その頃、暑海市内の温泉では全国から集まったインフルエンサーたちが、サメに襲われ阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。事態の悪化を受けて自衛隊が出動するが、温泉シャークにはメタンガスが充満していて下手に攻撃すると爆発してしまう。万策尽きた政府は、市民を非難させ暑海市を温泉シャークごと吹っ飛ばす決断を下す。

お約束のシーン。そしてお約束のその後

 

以前も書いたように思うが、バカ映画の本領は言うまでもなく“馬鹿”である事。ただこれがなかなか難しく、馬鹿に徹する事が出来ずに「ちょっと社会的なメッセージを入れよう」とか、「世相の風刺を加味するか」等と思って、失敗する例が結構ある。以前紹介した「アタック・オブ・ザ・キラー・トマト」等も、単純なバカ映画というよりもかなり計算高さが目立ち、それがことごとく滑っているのだが、それ故乾いた笑いが出てくるという、バカ映画というよりもバカな映画と言った感じがするが、本作は徹頭徹尾バカ映画だ。

冒頭のマッチョの件と言い、市長や警察署長など登場人物のキャラクター。そして、サメの造形のチープさ。更にサメが温泉管以外に地中を移動できるのが、「体が軟骨でできている」という、予想の斜め上を行く理由(軟骨はそんな意味じゃない。という突込みは野暮)とか、終盤のまさかと一大特撮(いかなる意味でもVFXではなく“特撮”)大決戦。更に冒頭以来出番のなかったマッチョのまさかの大活躍(鍛えれば水中でも3分持つのなら「コナン」の京極さんなら1時間は持つだろう)とか、ラスボス戦とか見どころと突っ込み所のオンパレード。最初はヘタレと思っていた市長が、最後に大活躍するというある意味熱い展開もあって最後まで一気に引きこまれてしまう大傑作となっていた。今時珍しいミニチュア特撮(多分CGの方が安く上がるはずだが、ビルは破壊していないので借り物かもしれない)が多用されるのも、懐かしい昭和の特撮の香りがしてファンには応えられないところだし、そしてまさかの高樹澪の登場と、ファンのツボを心地よくとらえているのも高評価の原因。それにサメ映画なのに、流血シーンはほぼないと言っていいし、温泉が舞台なのにエロも皆無(これはちょっと残念だが)なのも安心して見る事が出来るポイント。

ただ、繰り返しになるが馬鹿に全振りした映画なので、その点だけはお間違いないように。