タイトル 鬼平犯科帳 血闘

公開年

2024年

監督

山下智彦

脚本

大森寿美男

主演

松本幸四郎

制作国

日本

 

時代劇ファンに根強い人気を誇る、池波正太郎原作の「鬼平犯科帳」。これまで幾度も映像化されてきたこのロングセラー小説を、十代目・松本幸四郎主演で新たに映像化する時代劇シリーズの劇場版が本作。以前紹介したが、2024年1月放送のテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」に続く本作では、主人公の長谷川平蔵の過去と現在を交錯させながら、それぞれの時代で愛する者を救うため立ち上がる平蔵の熱き姿を描く。

今回は他の火盗改めに焦点が当たらなかったが、次回はそちらが中心となりそう

 

鬼平ファンなら「血闘」というタイトルから、原作でおまさ初登場エピソードの映画化であることは分かっているだろうが、それだけでは尺が持たないので、「兇賊」も加えてある。この「兇賊」に個人的に好きな鷺原の九平が登場し、本作にも出ている。テレビシリーズには米倉斉加年が。その後のスペシャル版には小林稔侍が演じて、悪党ながら小心でどこか憎めない老盗賊を好演していたが、本作では柄本明と、これも納得のキャスト。レギュラーでは京極備前守高久が初登場し、中井貴一とこれもまたこれ以上は望めない配役だ。また悪役としては前作のラストで登場して短い出番ながらも強烈な印象を残した網切の甚五郎役で北村有起哉。そしてその情婦で引きこみ役のおりんで志田未来が出演している。ずいぶん色っぽくなったな~と思っていたら、志田未来も31歳。ついこないだまでアイドルだったのに!こんな時自分の年齢を自覚させられる。

前作の「桜屋敷」のラストで顔見世的に登場したおまさが、平蔵との久々の再会から密偵となるまでが描かれて、がっつりメインを貼る話となっていて。おまさファンは必見だろう。

強かさと儚さを見事に表現しした中村ゆり

 

平蔵の役宅を訪ねたおまさが、密偵になりたいと申し出るところから始まる本作。鬼平ファンには分かり切った話だが、おまさは鶴の忠助という元盗賊の娘で、父の死後様々な盗賊の元で引きこみ役を務めていたから、盗賊たちの内部事情には詳しい。原作だとこの時のおまさは32歳。今なら妙齢の女性だが、江戸時代の30歳と言えば大年増となる。もっとも池波先生の原作は、特に年齢補正はされず執筆当時の年齢相当で描かれている。

おまさの容貌は、「色黒でおちょぼ口」とあって、原作には一言も「美人」とは書かれていなかったように記憶しているが、映像化作品ではその時人気の美人女優がやることが多いのは世の常だ。

おまさの事を妹のように思っている平蔵は、そんな危険な仕事をさせる気はなく、きっぱりと断る。このシーンで屋敷に上がるように促されたおまさが、思いとどまり庭で傅くシーンが印象的だ。

その夜、一人働きの老盗賊・鷺原の九平が忍び込んだ商家に網切の甚五郎一味が押し入り、家人全員を女子供の見境なく皆殺しにして金を根こそぎ奪っていった。それを物陰から見ていた九平は苦々しく思い、こっそり後をつけていく。

鬼平に狂気をはらんだ憎悪を向ける北村有起哉の怪演が光る

 

翌日現場にやって来た平蔵らは、血文字で「おに平」と書かれているのを見て苦々しい思いを抱く。

金を得た盗賊たちは派手に遊ぶと見た平蔵は、忠吾から聞いた居酒屋にやってくるが、そこは九平が主人だった。お互いそんな事を知らぬ同士。平蔵は九平の作るイモ料理に舌鼓を打ち、たまたま居合わせた夜鷹にも酒をおごった。しかしそれは甚五郎が仕組んだ罠で、夜鷹は甚五郎の引きこみ役のおりんだった。帰りに怪しい浪人に襲われる平蔵。難なく返り討ちにするが、この事から平蔵は今度の凶賊が自分を狙っている事を確信する。役宅に戻る平蔵を付けた九平は、相手が鬼平であることを知り驚愕し行方をくらます。一方平蔵も九平が何か関係があるのではとにらみ、人相書を作らせ彦十やその場に居合わせたおまさに見せるが、おまさにはその顔に見覚えがあった。旧知の大黒の与左衛門の店に行くと、果たして久平がいた。そつなく挨拶して店を見張っていると、果たして翌朝九平が逃げ出すところを目撃。何とか説き伏せて甚五郎一味の隠れ家に案内させるが、そこで二人とも捕らえられてしまう。そこはおまさの機転で何とか一味に潜り込むことに成功。新たに狙う松野屋に潜り込むことになるが、それまで引きこみだったおりんは、平蔵に惹かれだしたこともあって甚五郎に殺されてしまう。おりんに代わり松野屋に潜り込んだおまさは、つなぎの九平に平蔵への手紙を託す。その夜、甚五郎たちは火付け盗賊改め達に包囲されるが、甚五郎だけ取り逃がしてしまう。

その事を知ったおまさは、甚五郎捕縛の為自分を囮とする決心をする。と言ったもので、両方とも原作でも人気が高いエピソードだけに食い合わせが悪いのでは、と思われたが、うまく組み合わせている。

本作のヒロインはおまさ。元々シリーズのヒロインだが、本作では彼女の平蔵への想いが物語の中心となっている。まだ無頼で本所の轍と呼ばれていた頃から初恋の人で、それ以来ずっと思い続けていて、少しでもそばにいて役に立ちたいと思い密偵となる事を決意する。しかし平蔵は彼女の事を妹のように思っているものの、その追慕の念には気が付いていない。当時のおまさは10歳ぐらいだったので、無理はないがこの辺り、会った瞬間おまさの思慕に気付いた久江から「何事も聡い殿さまが、この事には…」と呆れられる始末。それでもおまさは良いと思っているようだが、甚五郎一味に捕らえられたおまさを救出に来た平蔵に、浪人たちから「そいつはお前のイロか?」と問われ・平蔵が「ああそうさ!」と言い返すシーン。無論、売り言葉に買い言葉なんだろうがこの時、おまさははっとなる。彼女はそんな事は分かっているだろうが、例え仮初めでも「イロ」と言ってくれたことに胸中は張り裂けそうだっただろう。そしてラスト、大村での死闘を終えて疲れ果てた平蔵にそっと手を掛けようとしたところで、他の火盗改め達が駆けつける気配を察してさっと手を引く。ここはマジに火盗改め達に殺意を覚えるほどイラっと来た。

ある意味亭主より鋭い賢夫人

 

なぜこれほどおまさに轢かれるのかと言えば、それは報われないヒロインだから。コナンでも蘭姉ちゃんより哀ちゃんの人気が高い。あれと同じなのだろう。映画のラストでおまさは密偵となる事で平蔵への思いを断ち切る。あそこ切なかった。その後狐火の勇五郎と一度結婚するが、その後死別し再び平蔵の元にやってくる。そしてその後大滝の五郎蔵と祝言を挙げる事になり幸せな所帯を持つがそれは後の話。

中村ゆりが演じるおまさ。いかにも幸薄そうな感じが本作にぴったり。梶芽衣子という大先輩のこれ以上ないはまり役の跡を継ぐだけに、プレシャーは相当なものだっただろうが期待以上の熱演だった。

中村ゆりに限らず、大ヒットし長く愛されたシリーズの後だけに、色々と比較されて出演者は大変だと思うが、中村吉右衛門を始めオリジナルキャストで鬼籍に入られた方も多く、無いものねだりをしても仕方ない。前作「本所・桜屋敷」を含め、今これ以上のキャストは望めないと思っているし、こうした本格的な時代劇の火は消して欲しくないと思っている。AI合成の技術がさらに進めば、オリジナルキャストで鬼平を新たに作れるようになるかもしれないし、恐らく現代でも真田広之と三船敏郎の共演する時代劇は作れるかもしれない。ただ、そうした作品を見てみたいという気はあまりしないが。