透明人間現る(1949年)監督 安達伸生 主演 喜多川千鶴(日本)

大映が特撮の大家である円谷英二の戦後復帰作として大映京都撮影所で制作した、日本初の大トリック映画でもある。
原案は髙木彬光の児童向けSF小説「覆面紳士」。原作は未読なので分からないが、調べてみると名探偵神津恭介が出演したようだが、本作での出番は削られ、ストーリーも異なるものとなった。


ご存じの通り、透明人間は、英国のSF作家H・G・ウェルズが自身の小説「透明人間」において創造したキャラクターであり、その後さまざまな媒体で同様のキャラクターが作られたが、本作は、1933年公開のユニバーサル映画作品「透明人間」を基に作られている。
本作は当初、プロデューサーの奥田久司によって「透明魔」という仮題がつけられていた。奥田によると、ちょうど公職追放されてフリーだった円谷英二が京都にいたので話を盛っていくと、「これ絶対面白いから、私協力します」と大乗り気で協力してくれたので、企画が通り、円谷の戦後本格復帰第1作映画が製作されることとなったという。ただ、円谷はこの仕事に満足せず、予定されていた大映入社を断ったという。もし、この時大映に入っていたらゴジラが誕生しなかったかもしれないので、その後「円谷プロ」創設などもなかったかもしれず、本人の人生ばかりか日本特撮映画の歩みも全く違ったものになったかもしれない。
とは言え、本人も東宝への復帰を望んでいたようなので、公職追放が解かれたら復帰するつもりで断ったのかもしれない。
中里化学研究所の中里博士は、弟子の瀬木と黒川を競わせ、先に成功した者に褒美を与えると約束するところから始まる。二人とも中里博士の令嬢である真知子との結婚を望んでいた。一方真知子は二人とも憎からず思っていたものの、どちらか決めかねている様子。


中里博士を演じるのは例によって時代劇の製作が止められていたため、この頃現代劇の出演が多い月形龍之介。瀬木に夏川大二郎。そして黒川に小柴幹治。そしてヒロインの真知子に喜多川千鶴が配されている。
黒川は物体を透明にする薬品を研究中だったが、中里博士はそれをすでに発明しており、動物実験に成功していたものの、還元薬が未完成であるばかりか、透明薬の副作用によって狂暴化するため人間には試していなかった。その為、弟子にも伏せていたのだ。

石原裕次郎を売り出したり、晩年はロス疑惑に巻き込まれたり、波乱万丈の生涯をおくった水の江瀧子


後日その事を支援者の河辺に話す。河辺は製薬会社社長を称していたが、実は宝石ブローカーの宝石狂。そこで透明人間を使い有名な宝石を奪う事を思いつく。
宝石ブローカーの河辺を演じているのが、時代劇で活躍した杉山昌三九。後に大映の化け猫映画「怪談佐賀屋敷」で悪家老・磯早豊前役を演じ強烈な印象を残すが、本作でも憎々し気な悪役を好演している。
中里家ではまず博士が行方不明となり、ほどなく黒川も行方をくらます。その直後から巷で透明人間による宝石強盗が起き、その犯人が中里博士ではないかと噂となる。透明人間はダイヤ「アムールの涙」を狙い、ダイヤの持ち主である長曾我部君子を襲うが、その友人で花形女優で黒川の妹の水城龍子の機転によってダイヤは無事だった。
龍子を演じているのは、当時実際に東京松竹楽劇部(後の松竹歌劇団)で男役として人気があった水の江瀧子。本作でも“男装の麗人”として活躍している。


このあとなんやかんやあって事件の真相は明らかとなるが、かなり早い段階で想像できる真相。映画で、たいてい透明人間は悲惨な最期を遂げることが多く、本作のラストも悲劇的な結末となっているが、彼は元に戻るためとはいえ、数多くの悪事に手を染めているし、殺人すら起こしているから已むえないところだろう。
注目すべきは円谷英二が担当した特撮だが、包帯を取るとその下は透明である所や、酔っ払いから服を奪うところ。そして、透明人間が座るとちゃんと椅子が窪み、煙をくゆらせながら煙草を吸うところなどなかなかの労作だが、33年版の「透明人間」と比べ特に斬新さは感じない。円谷が納得がいかず、東宝復帰後に「透明人間」で再チャレンジしたのも頷ける。また終盤の透明人間が乗っているという設定の無人のサイドカーが街中を驀進するシーンも、警官が非常線を張っているのにやすやすと突破されたりと、緊迫感にかける。


ただ、透明人間になると狂暴化するのが定番だが、本作ではその理由を一応説明しているところが他の作品にみられないところ。
正直中盤の宝石強盗のシーンは別に透明人間でなくてもいいんじゃないかと思える程、設定を生かし切れていない部分が散見される。その意味でも、日本の本格的な透明人間を扱った映画は、54年の「透明人間」を待たなくてはいけないが、それでも特撮の神様円谷英二の戦後本格的な復帰作として、特筆すべき映画であることは間違いない。ちなみに円谷英二に逃げられた大映は57年に、的場徹で「透明人間と蝿男」を製作している。