インスマスを覆う影(1992年) 演出 那須田淳 脚本 小中千昭 主演 佐野史郎

若手写真家の平田拓喜司は、旅行雑誌の入社面接に向かう途中で、まるで魚のような異相の男と出会う。
面接で話題に上った写真家・藤宮伊衛門のことが気になり、帰り路、書店で彼の写真集を手に取ると、その一枚に、雑踏で出会った異相の男が映っていた。その一枚には「蔭洲升の漁師たち」というタイトルが付けられていた。その風景は彼の記憶を呼び覚ますものがあり、蔭洲升へ向かうことにしたが、そこで想像を絶する体験をする。

クトゥルフ神話の生みの親、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトのホラー小説「インスマスを覆う影」を、日本を舞台に翻案したもの。1992年8月25日にTBSのバラエティー番組「ギミア・ぶれいく」の中で放映され、ラブクラフトファンを中心に大きな話題を呼んだ。ラブクラフト原作の映像化作品としては、最も成功した作品との評価をするものも多い。今見ると佐野史郎、真行寺君枝、斉藤洋介、六平直政、石橋蓮司、河合美智子と出演者も豪華。
俳優の佐野史郎が「インスマスを覆う影」はどうすればできるかを考え、TBSの関係者と話してみたら盛り上がり意気投合。そのうち「ずっとあなたが好きだった」がヒットし佐野史郎がブレイクしたことにより、主演企画が実現したという。もともとのアイデアは、佐野が千葉県南房総を訪れた際に、魚料理の生臭さにインスマスを連想した体験がきっかけとなったという。ただ実際のロケは福島県いわき市の近くで行われた。

舞台を番組放送時の1990年代当時の日本に置き換え、ストーリーも日本の民俗性を取り入れたオリジナル要素も多い。何より主人公の生い立ちを絡めて、虚実が揺らぎ現実感が崩壊する構成は、漁村特有の粘着質な空気と相まって、独特の空気感を醸し出している。この部分に関して、主演の佐野史郎は、「原作の背景にあるキリスト教や人種差別の土壌が、日本でやるには無縁なので、『魚の気持ち悪さ』(生ぬるい・ぬめっとしている、など)を活かすことに着眼したと」述べている。基本的なストーリーは原作とおおよそ同じだが、原作に色濃く出ている人種差別的な表現は控えられ、逆に土着信仰などの民俗的な部分が前面に出ている。そのかいもあって、蔭洲升の町のぬめっとした「生臭い」空気が漂う、一見普通の漁村なのにどこか違うという、薄気味悪さがうまく表現できている。
住人の薄気味悪い描写は、特殊メイクもあって効果的。特に定食屋のシーンは、住民のびちゃびちゃした咀嚼音の不快感、出された煮付け定食の魚がびくっと動くところはドキッとさせられる
放送が好評だったことからVHSソフトがパック・イン・ビデオから販売された。続いてドラマの脚本を手掛けた小中千昭が小説化し、1994年に学研ホラーノベルズの「クトゥルー怪異録」に収録された。その後2001年には小中千昭の短編集「深淵を歩くもの」に再録されている。しかし本作は、その後長い間DVDやブルーレイ化されず、YouTubeで全編視聴できたものの、画質や音声が悪くソフトの発売が熱望されていた。しかし2023年1月の時点で、まだDVD,ブルーレイ等は発売されていない。ただ、2023年1月の時点でU-NEXTの見放題で視聴することができる。

原作のラストをどう表現するかを注目していたが、佐野史郎が振り返り半魚人化するのをパラパラ漫画の様に写真で表現するという、これ以上ないほどの見事な出来。うるさいファンにも文句がつけようがないだろう。