数多くの“宮川君”たち、がんばれ! | 知財業界で仕事スル

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知財業界の片隅で特許事務所経営を担当する弁理士のブログ。

最近は、仕事に直結することをあまり書かなくなってしまいました。

本人は、関連していると思って書いている場合がほとんどなんですが…

引っ越しをすることになった。とは言っても、直線距離で数百メートル移動するだけの引っ越しとなる。引っ越す主たる理由は、娘と双子の息子の計3名に1部屋ずつあてがうことの可能な状態に現在の家を増築するか、もう少し大きな家に引っ越すかの選択肢のうち、後者を選択したから。それよりもマイナーな理由として、小学校まで徒歩圏の範囲に移動したい、というのもある。Rock Creek Parkでの犬の散歩を“趣味”としている私としては、新居がRock Creek Parkにさらに近くなるのも嬉しいところではある。…ともあれ、新居探し(新居と言っても、DC内ではほとんど新築物件はなく、実質的に中古物件の中から選ぶ)は、一品ごとに違う生モノを買うようなもので、しかも動くお金が大きいので、しばらくそちらの方に大半の意識が向いていた。

 

それがほぼ落着したところで、久々に、書きたいなという気持ちになったのが、表題の内容。

 

 

いわゆるモリカケ問題では、総理大臣が、ある2つの学校の設置関係で、政治権力を背景にマズいことをしたかどうかが問われている。国会答弁とかをインターネット経由で結構観てきたが、うんざりするほどに酷い状態だと思う。総理が酷いのではなく、野党や新聞が酷い。一言でいえば、総理が「政治権力を利用してズルをやりました」と説明しなければ、どのような説明であっても嘘をついていることにするのである。そして、その追及を、総理が「政治権力を利用してズルをやりました」と説明するまであきらめるつもりが無いようなのだ。

 

ま、現在の野党(政権を担う、というような野望は毛頭ない人々)や、マスコミは、“それが仕事”というようなところがあるし、仕方ないのかな、と思っていた。

 

そこに、デジャブのようにでてきたのが、アメフトのラフプレイ問題。日大の元監督の記者会見を観たが、そこでなされる記者の質問はすべて、「監督の私が選手に無理やり反則をさせました」と元監督に答えさせようとするものだったといって過言ではないだろう。彼が何を言っても、悪いようにしかとらない。そして、その「悪いようにしかとらない」姿勢を普通一般の皆さんの多くが支持しているようなのだ。

 

体育会系の文化は肌に合わないので、私はあの監督達と一緒に人生を歩むことはないのであるが、それでも彼が「反則せよ」と言わなかったとの確信はある。実際のインタビューを素直に観たら、その確信を持つしかない。しかし、「悪いようにしかとらない」と決めている皆さんはそうならないようだ。

 

モリカケ問題では公務員の皆さん、アメフトのラフプレイではコーチが、いろいろ「忖度」して、いろいろと自らの判断で良かれと思うことをやられたようである。「総理のご意向」「監督のご意向」という名を借りて、自らの判断で良かれと思っていろいろやられたようである。その忖度が、真に総理の意向・監督の意向に沿っていたのか、いなかったのかはここでは問題ではない。キーポイントは、総理がそのように指示をしたか、監督がそのように指示をしたかだ。いずれも、そんなマズい指示は無かった(少なくとも、指示があった証拠はない)。それが、反対派の皆さんは気に食わないのだ。気に食う食わないはその人の勝手だが、気に食わない人たちは、「指示があった」という結論が出るまで“永久”に議論を続ける勢いである。指示が無かったにもかかわらず。

 

モリカケの「総理の指示」も、アメフトの「監督の指示」も、普通に考えたら、野党の皆さん、マスコミの皆さん、そして「弱きを助けたい」一般市民の皆さんの希望するようなものではないはずだ。野党やマスコミの皆さん(そして、それに踊らされる一般市民の皆さん)は、自らが、総理になったり日大理事になったりしたと仮定して想像を巡らせてほしい。

 

総理大臣であっても、監督と理事職を兼任する立場であっても、万人と等しく、それぞれの個人には1日は24時間しかない。そのうち、生物として必須の寝たり食ったりの時間を除けば仕事に使える時間はとても限られている。その限られた時間内で職責を全うするには、その職責が大きなものになればなるほど、枝葉末節(言葉は悪いが)の事項は「枝払い」していくしかない。

 

私が代表を務めている組織は、日本国や日本大学に比べたらちっぽけなものであるが、それでも、多くの事項は私の知らぬところで“勝手”に動いていく。その最終責任をとる立場ではあるが、一つひとつの具体的な課題をすべて事細かに自ら処理していくには時間が足りないし、不可能だ。他人任せにするしかないことが山ほどある。私のような立場でもそうなのだから、ましてや総理大臣や日大理事ともなれば、ますます時間は限られる。細かい事項に首を突っ込んではいけないのだ。1つの細かい事項に首を突っ込んだら、最も重要な組織の「舵取り」業務ができなくなってしまい、組織は右往左往し、下手をすると暗礁に乗り上げる。その罠にはまった「長」が組織をダメにした例は、リーダーシップ教育がプアな日本ではいくらでもある。

 

総理大臣や日大理事などの職責を担った人は、枝葉末節に首を突っ込んではいけないのである。枝葉末節に首をつっこまなかったらどうなるか?答弁や記者会見で「知りませんでした」「言っていません」が答えになる。嘘をついているのではなく、本当に知らなかったし、言っていないのだから。どんなに屁理屈をこねた攻撃をされても、知らなかったものは知らなかったのだし、言わなかったものは言わなかったとの結論になる。繰り返すが、野党やマスコミの皆さん(そして、それに踊らされる皆さん)は、自らが、総理になったり日大理事になったと仮定して想像を巡らせてほしい。それが、これらの問題の解決策だろうと思う。

 

 

あえて書く…20歳の若者学生を悪く言うのは憚られるけれど、この無名ブログでは「世間のバッシング」を恐れる必要はないので、あえて書く。このアメフトのラフプレイ問題で誰が悪かったかを決めなさいと言われれば、私はプレイヤーだった“宮川君”とする。彼がダメな人間だというつもりはない。誰が悪かったのかを決めるなら、ということだ。

 

監督やコーチが「反則をしろ」と明示的にも暗示的にも言うはずがない。絶対に言うはずがない。それがわからなかったその宮川選手が、私は間違っていたと思う。良く言うなら、彼は、バカを頭につけてよいくらいに素直すぎ。素直さも、悪い目ででるとこんなことになる。封建時代のような上下関係がそこかしこに残っている組織(日本国全体も含めて)の歯車になるしかない状況であったとしても、視野を狭め過ぎてはいけない。人としての尊厳、独立自尊の精神を忘れてはならない。

 

封建的組織の論理に負けそうになっている数多くの“宮川君”たち、がんばれ!