価値、そしてその評価 | 知財業界で仕事スル

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知財業界の片隅で特許事務所経営を担当する弁理士のブログ。

最近は、仕事に直結することをあまり書かなくなってしまいました。

本人は、関連していると思って書いている場合がほとんどなんですが…


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「価値」を計るのは容易ではないなあ、という話です。特に、アート分野とかブランドとかといった無体な付加価値が重要部分を占めるものの「価値」を計るのは容易ではありません。

「価値」の高低は、対象それ自体がもつ「価値」と、その対象が置かれた環境と、その価値を計る側の人間の感性とが不離一体となって作り上げる総合的なものであるようです。

たとえばルイビトンのバッグは、高価です。仮にバッグの機能としてはルイビトンのバッグより優れたものであっても、ルイビトンのロゴが入っていなければ、ルイビトンのバッグ並みの値段で買われるのは至難の業です。
あるいは、ルイビトンの本物が、贋物を売る店に間違って紛れ込んで売られていたとしたら、そのバッグを本物並みの値段で買う人はなかなかいないでしょう。


さて、以下の話は、Joshua Bellという超有名バイオリニストの評価について。ちょっと昔(2007年)のワシントンポストの記事のようなんですが、本日、Facebookで見つけました。

まずは、YouTubeにあるこのビデオを観てもらいましょう。

http://www.youtube.com/watch?v=UM21gPmkDpI


記事そのものは、たとえばここで読めます。

http://urbanlegends.about.com/gi/o.htm?zi=1/XJ&zTi=1&sdn=urbanlegends&cdn=newsissues&tm=98&gps=84_84_1202_911&f=00&su=p284.13.342.ip_p504.6.342.ip_&tt=2&bt=1&bts=1&zu=http%3A//www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/04/04/AR2007040401721.html

長いので読むのが大変ですけど(笑)。


今まで全く知らなかったのですが、このビデオを使った記事で、著者のGene Weingartenは2008年にピューリッツァ賞を取っているんですね。その筋の人には有名なビデオのようです。


さて… 時は2007年1月12日(金曜)の朝のラッシュアワーどき、場所はワシントンDCの地下鉄の駅(L'Enfant Plaza駅)の改札前。L'Enfant Plaza駅は、官庁街の中にあり、政府筋の人々が多く利用しています。
ビデオの中でバイオリンを弾いているのは、バイオリニストとして超有名なJoshua Bell(恥ずかしながら、私は今まで全く知りませんでしたけど)。彼の演奏の価値は、お金に換算すると1分1,000ドルに相当するのだそうです。Joshua Bellはそれほどまでに有名な人。彼の42分間の演奏が隠しカメラで撮影されました。

上記記事によりますと、ビデオで映し出されている状況は…
>one of the finest classical musicians in the world, playing some of the most elegant music ever written on one of the most valuable violins ever made.
なんです!

また、このビデオの演奏の前後のJoshua Bellの動きはこんな感じだったのです。
> Three days before he appeared at the Metro station, Bell had filled the house at Boston's stately Symphony Hall, where merely pretty good seats went for $100. Two weeks later, at the Music Center at Strathmore, in North Bethesda, he would play to a standing-room-only audience so respectful of his artistry that they stifled their coughs until the silence between movements.


そんな彼のDCの地下鉄駅でのパフォーマンスは、以下のような感じで始まりました。
>Three minutes went by before something happened. Sixty-three people had already passed when, finally, there was a breakthrough of sorts. A middle-age man altered his gait for a split second, turning his head to notice that there seemed to be some guy playing music. Yes, the man kept walking, but it was something.

>A half-minute later, Bell got his first donation. A woman threw in a buck and scooted off. It was not until six minutes into the performance that someone actually stood against a wall, and listened.



そして、Joshua Bellの42分間にわたる演奏中に1097人の人間が通り過ぎたのですが、その中でたった1人だけしか、その演奏者がJoshua Bellだということに気づきませんでした。上記記事の下の方で説明があるのですが、そのたった1人の女性が古川さんという人だったようです。ただ、Stacy Furukawaと記事に書かれていますし、ビデオの中の英語の発音も日本人訛りを感じさせないものですので、たぶん日系の米国人。ま、これはどうでもよいことですけど。

その古川さんは、20ドル紙幣をJoshua Bellに寄付しました。これは、街頭演奏では普通では考えられない額です。

しかし、古川さん以外、1097人中、お金を寄付したのは27名で、彼女の20ドルを除けると寄付金の総額は32.17ドルだったそうです。

17セントの端数が出ているということは、ペニー(日本だと1円玉)を寄付した人もあったということです。寄付しただけでもエライと言えるような、Joshua Bellに1円玉は失礼だろうと思えるような…


上記ピューリッツァ賞受賞記事には、その他、数人の“聴衆”についてのエピソードがちりばめられています。演奏者がJoshua Bellであることがわかったのは1人でしたが、演奏がすばらしいものであると感じられた人はあと数人おられたようです。率としては、演奏の“質”を聞き分けることができた人は1%に満たなかった、ということになります。


記事にあるエピソードの中で私が一番好きなのは、Picarelloさんのエピソードです。

Picarelloさんは、実はクラッシック音楽の素養があり、またJoshua Bellのファンでもありました(それでも、地下鉄の駅で演奏している男をJoshua Bellとは気づけなかったのですけど)。

記事からPicarelloさんに関する部分を以下に引用します。

>When Picarello was growing up in New York, he studied violin seriously, intending to be a concert musician. But he gave it up at 18, when he decided he'd never be good enough to make it pay. Life does that to you sometimes. Sometimes, you have to do the prudent thing. So he went into another line of work. He's a supervisor at the U.S. Postal Service. Doesn't play the violin much, anymore.

>When he left, Picarello says, "I humbly threw in $5." It was humble: You can actually see that on the video. Picarello walks up, barely looking at Bell, and tosses in the money. Then, as if embarrassed, he quickly walks away from the man he once wanted to be.

>Does he have regrets about how things worked out?

>The postal supervisor considers this.

>"No. If you love something but choose not to do it professionally, it's not a waste. Because, you know, you still have it. You have it forever."


Picarelloさんは、プロのバイオリニストになるのが夢だったけれども、その夢をあきらめた人だったのです。「懸命にやって、結局プロになれずあきらめたとしても、それは無駄ではない。それまでにやったことは永久に体に染み付いているからね」には重いものがあると思いました。そんな彼だからこそ、偽物販売店に置かたブランドマークのないバッグのようなJoshua Bellの生演奏の価値を、高く評価できたのです。評価という表現より、Joshua Bellのバイオリンの音を真に楽しめた、と言った方がよいかもしれません。


そのような感慨はともあれ、ワシントンDCの地下鉄の駅でなされた超有名バイオリニストの演奏の質を、それなりに評価できたのは1000人のうち数人のみでした。この同じバイオリニストがちゃんとした演奏会場で演奏すれば、それを聞いた1000人の人間のうちの全員が「すばらしい演奏だ」と評価するに違いありません。

人間にとっての「価値」とはなかなか複雑なものです。

弁理士の仕事に対する世間の評価も似たところがあると思います。できる人にしかわからない、というのは同じことだと思います。


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