歎異抄を読もう3/4 | 知財業界で仕事スル

知財業界で仕事スル

知財業界の片隅で特許事務所経営を担当する弁理士のブログ。

最近は、仕事に直結することをあまり書かなくなってしまいました。

本人は、関連していると思って書いている場合がほとんどなんですが…

 ドーンと飛んで第九章。

 浄土(真)宗の教えは、単純で、南無阿弥陀仏を唱えてたらそれでよい、というもの。で、唯円は、教えに従って毎日毎日、南無阿弥陀仏を唱えていたが、どうも腑に落ちない。
 唯円は親鸞に、「念仏を申していますが、天におどり地におどるほどの喜びの心が湧いてきませんし、また早く浄土へまいりたいと思う心も起こってこないのはどういうわけでしょうか」と尋ねた。

 親鸞の答は「親鸞も同じように思っていたが、唯円房、そなたも同じ心であったか」というものだった。
 人間の脳は普通、死を恐れるようにプログラムされているのだから、唯円の問いだけでなく、親鸞の答も言われてみればまったくの自然。しかし、“教祖様”たる親鸞がそんなことを言っていいのだろうか?そこまで正直に答えてよいのか?彼の答はハイなのである。ここでも私は、彼に「参りました」と言うしかない気持ちになる。何度読んでも、そうなる。

(続く)