年頭にあたり

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新年明けましておめでとうございます。
平素よりご観覧頂いている皆さまが恙無く新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

さて昨年の国政の動きを振り返って、三年目の信託を頂いた安倍政権が国民全体での議論を必要とする法案や政策の実現に向け、真摯に国会審議に取り組んだ一年であったと感じています。

自民党一強と言われるなかで、独断専攻との指摘もありますが、私は自民党内の合意形成はしっかりと機能していると思いますし、度々ブログでも訴えているとおり小選挙区制での議員内閣制は、中選挙区時代に比べ内閣による政策のリードがあって当然となります。

あらためて政治とは「意見集約と合意形成をいかにして行うか」であり、合意形成をどこに落ち着けるかが焦点となります。

例えばひとつの政策の決定により、相反するaとbという立場があるとき双方の利益が丁度折衷する着地点が存在すればそれにこしたことはありませんが、なかなかそういった状態を作りだすことは難しく、致し方無く偏りがあるにせよ相反する一方の主張も盛り込みながら、極力バランスを取った合意を見出すことが政治の本質であると思います。

さてこの考えを基にすれば、小選挙区制により二大政党制が形成され、各政党がどのような立場の有権者の代弁者たるかをはっきりさせることは健全な政治の在り方であるという事も言えます。
例えば二大政党制が色濃かったイギリスの政党は保守党と労働党でした。労使関係を議論するときどちらの党がどんな支持層なのか、政党名だけで一目瞭然です。

対して我が国はどうでしょうか。
自民党は保守政党であり、安全保証を確立し、経済の最大効率化を図りつつも過去に類を見ない少子高齢化のなかで経済的に得た利潤のなかで社会保障の充実を図ろうとするのが今日の自民党の在り方と言えます。

対してもう一方の選択肢のなるべき野党がぼやけている感が否めない。
私見ですが、昨年の国会での審議や党運営を見ているとそれを自ら招いているのだと感じます。
例えば安保法制の審議にしても、キャッチコピーのみの連呼で中身の議論に乏しい。
またそれすらも二転三転する。デモ隊のまえで廃案の声を上げたかと思えば、報道番組で対案を出すと明言し撤回する。
察するに、安全保証はいらないという方々の指示と、安全保証は必要だが政府案よりもう少し緩やかでもいいのでは、という全く相反する支持層の両方の支持を集めようとの心理があるのか、結果離党解党合流などなど野合批判につながってしまい、支持層は混乱をするばかりとなります。
結局選挙で勝てばいいという心理がポピュリズムを育ててしまいます。


本来のポピュリズムの定義とは、イギリスの政治学者バーナードクリックによれば、「多数派を決起させること、あるいは指導者が多数派だと思う集団を決起させること」という指摘が最もでしょう。
しかしこれが反知性主義と結びつくことにより政治の停滞を招きます。
つまり現代ポピュリズムの議論でよく使われる、「本来複雑な政治問題を簡素化し、大衆迎合に特化し問題の解決を回避する」という、多数派支持を一時的に集め、もしくは多数派を形成ても、起こりうる政治的問題の解決は前進を見ないという状況です。
9.11のテロによりイスラム過激派への反発が強くなったアメリカ国内の圧倒的な支持でブッシュは空爆を決断しましたが、アメリカ人の多くが、世界地図を見てもイラクの正確な場所がわからなかったというのは有名な話です(当時アメリカのイラクへの対応の賛否は別としても)。

世界的な状況も国内の諸問題においても、事の本質を冷静に見つめて物事の因果関係を合理的に考え政治を考える、あるいは政策を選ぶという知的アプローチに結びつく訴えを、政治家は心がけていかなければなりませんし、有権者も真剣に考え冷静に判断をしなければ、民主主義はポピュリズムによりその醜態を晒しかねません。社会の多様性や問題が複雑化する近現代では、それにより誕生した政権や政治家により、結局は有権者の利益に寄与しないということが間々おこってしまいます。

安倍総理を始め、政府、与党も複雑な政治問題に関して、勇気をもって解決すべき政策や法案を審議し、広く理解を頂くまで時間を要する事柄でも決断をする姿勢を鮮明にしてきました。
我々もまず自身の選挙区から、政策の本質を真摯に訴えて、解決すべき政治的な問題に対し、対話のなかで現実的な解決策を講じることのできる政治家となるべきだと考えます。

「権門上に奢れども国を憂うる誠なし」

自身の身の保身の為だけに、二転三転し立ち位置がはっきりせず、人気取りだけに終始する政治に対して頑然と立ち向かっていくことを強く心掛けて参りたく思います。

様々な政治の動きが予想されいる本年ですが、不断の努力を重ね匪躬の節効じるべく、引き続き政治活動に邁進して参ります。