強行採決?

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平和安全保障法案、衆議院にて可決。参議院特別委員会での審議となります。

さて衆議院特別委員会採決時、強行採決という言葉が聞かれました。
さて改めて今回、強行採決と言えるのか?

強行採決の定義とは少数会派の審議継続を打ち切り委員長が採決を行うことなんですが、それ以前に委員会は国対での調整や理事会などで与野党の質疑時間などを調整します。そして委員会の審議時間のなかで、野党も対案の提出や質疑問題点の指摘などを行い、法案提出側もそれを踏まえ、法案の修正を行ったり付帯決議を付けたりをし、法律が出来上がります。

今回の委員会の審議時間は118時間。100時間を超えたあたりで維新の党が対案を提出、そして民主党は委員会には直接関連のない事柄などを理由に審議拒否、欠席などの対応も。
また今回民主党は「廃案を目的とする。」という発言がしばしばあり、政府が目指すより万全な抑止力や自衛官の海外平和維持活動における身の安全の確保の必要性は頭から否定しているわけで、修正合意の可能性は見いだせない。
そして委員会および本会議の採決における多数は、前回選挙の民意により与党となっている。法案への質疑が出尽くし政府がそれについてしっかりと答弁を行えば、それ以上状況は変化しないわけです。
つまり賛成多数で可決となる。

少し奢りでは?と聞こえなくもないのでしっかりと説明します。

さてここで考えるべきは、選挙結果を踏まえての国会運営のあり方だと思います。

現在の選挙は制度上、政権選択選挙となりますから政府が国会に提出する法案は直近の選挙での政権公約に明記されています。

現在我が国の衆議院議員選挙では小選挙区制となっております。つまり小選挙区制=政権選択選挙となる訳ですが、よく小選挙区制は「政策のセット販売」との揶揄もあります。

まず小選挙区制と以前我が国でも採用されていた中選挙区制を少し比較してみます。

中選挙区制はご承知の通り、いくつかの市町村を跨ぎ、一つの選挙区で複数の当選者が出ます。対し小選挙区制は一つの選挙区から一人しか当選しません。
その性質から小選挙区制は二大政党制になっていくというのが通説。
なぜか?なんですが、例えば中選挙区制において4人が当選する選挙区にA、B、C、D、E、Fと6人の候補者が立候補するとします。そして前評判もこの順番通りとし、当選者は4人ですから最も当選から遠いFは泡沫というかマイノリティー的な候補者そもそも当選を目的としないという事もあります。そこでこの選挙区ではF以外の候補者同士の争いが生まれます。D、E間での当落争いや、A、B間でのトップ争い。はたまたC、Dが入れ替わりCが落選するかもしれない。などなどで、つまり複数の候補者や政党を支援するため様々な訴えや、複数の政党の活動が行われて行きます。

対して小選挙区制は原則として選挙区からは1人しか当選しません。(比例制度は導入されてない国もしばしばですし、我が国においても比例当選はブロックからの当選となります。)
例として小選挙区制においてA、B、C、Dと4人の候補者が立候補するとします。順番もこの通りだとして、Dは泡沫候補となってくる、それだけでなく当選者は1人ですから、すでにA、B間での当選争いしか存在しないわけです。そして有権者心理として、なんらかのマイノリティーを強く支持する方以外は、自分の投票行動を政治に反映させたいとの心理からCやDを支持していた支援者や政党の方もおのずとAもしくはBに支持が流れていったり、AもしくはBへの消極的な賛同となっていきます。つまりこれが全国で起こるわけですから、おのずと二大政党制になっていくということです。

逆に中選挙区制では、大きな与党と複数の野党との図式になっていく、そこでかつて中選挙区制時代の我が国でもそうなんですが、例えば4人当選する選挙区で◯党のA、◯党のB、◯党のC、△党のD、◻︎党のEという図式が一般的。
◯党という同じ政党から3人が立候補し、争いますからまず候補者により専門とする政策分野が異なっていたり、党としての基本方針は同じでも政策の分野ごとに違いを訴えることがあり、政党としてもそれが認められ、法案ごとの党内での反対行動や、党内での調整機能がよくも悪くも柔軟でした。そして有権者は個別の候補者の意見や政策を投票の判断基準としてきました。「私が入れたAは◯党です」という心理となります。欠点としてはせっかく与党の候補者を支持したのに、党内の少数派となり望んだ政策実現の機会が失われる事もおこります。

対して小選挙区制は選挙区内に同じ政党の候補者はいませんから、基本的に候補者は自信の選挙区で所属政党の公約に基づき政策を訴え、同じ政党の候補者は一丸となって政権運営のための政治を行う必要があります。有権者からすると「◯党のAに投票した」という心理となります。つまり政党選択の選挙です。

「政策のセット販売」の揶揄ですが小選挙区制においては個人の政策における個性は出ずらく、政党の政策を主張しますから、有権者は経済も外国も社会保障もセットで政策を見て判断をしなければならなくなるとの事なんですね。
そして小選挙区は二大政党制となりすから、中選挙区制に比べ政権交代がおこりやすくなる。有権者が支持する政策実現の機会が増えるという利点があります。

そして報道側は解散の度に◯◯解散と名ずけて論点を絞ろうとします。
これは問題だと思うのですが、たしかに選挙毎に主な論点はあって当然ですが、小選挙区制においては毎回が政権選択選挙、つまり政権公約にうたう全ての政策が論点となるわけです。 


話を採決の話に戻しますが

議論が出尽くし法案への賛否の姿勢が明らかになれば採決時の数は変わらないわけです。
私が言う所の数が変わらないというのは、与党としての奢りではなく、選挙制度からなる根拠に基づいてのことです。

そして今回の平和安全保障法案は、前回の選挙において我が党の政権公約にしっかりと書かれています。
政策公約に書かれていない政策を法案として提出するということはなかなか起こり得ない。 
(かつてそういった政権もありましたが。)

つまり「政策のセット販売」との揶揄も最もな選挙制度なわけですから、候補者は広く様々な分野の政策を訴えていくのはもちろんですが、選ぶ側も広く様々な分野の政策に関心を持ちチェックしなければならないわけです。