アラビア数字「ゼロ」の伝来


 数学の発達は古い。古代エジプトが、高い測量技術を持っていたことはよく知られる。


ナイル川氾濫のたびに、土地の位置を元に戻さなくてはならなかったからだ。


ギリシャやローマでは、天文学や測量技術など図形(幾何学)の分野は、

実生活に求められて大きく発展した。


その一方で、代数学はなかなか発達しなかった。


 

 ローマ字(ラテン文学/アルファベッドの一種)は世界中で使われているが、


数字はローマ数字よりアラビア数字の方がポピュラーだ。


それは、アラビア数字だけ「ゼロ」があったからだ。



1 「リンゴが0個ある」抽象的な発想から「ゼロ」へ


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 ローマ数字には「ゼロ」がなかった。「ゼロ」は6世紀頃のインドで発見されたが、詳しいことは分からない。インドは「無」や「空」といった概念を深めたヒンズー教・仏教の国であり、数学やITに強い国として知られる。その源泉は抽象化力にある。1個のリンゴを食べてしまえば、なくなる。ないものは数える必要がない。しかしインド人はリンゴの存在を抽象化して、「リンゴが0個ある」と考えた。




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古代エジプトの象形文字(ヒエログリフ)。文字は紀元前3000年頃に生まれ、やがてアルファベッドが作られたらしい



 古代エジプトや古代ローマにも「無」という発想はあったが数字の「ゼロ」は生まれず、ただの空白ととらえた。数字は「1」から始まればよかった。


 1(1)から始まるローマ数字は、V(5)・X(10)・L(50)などを基本に数を表すため、例えば「99」は、ヨコ書きで「LXXXXVIIII](下1桁(けた)の9は、IXとも表記)と書かなくてはならない。多くの数字が必要なうえ、位取り(桁上がり)ができない。何より数字の「ゼロ」がない。



2 アラビア経由で伝来したインドの数字の「0」


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幾何学紋様とアラビア語で装飾された岩のドーム(エルサレム)



 イスラム圏に「ゼロ」が伝わったのは、8世紀頃だ。インドの学者がアッバース朝の都バグダード(イラク)を訪れ、天文学書を通じて伝えた。アッバース朝は、東は中国の唐軍を破ってシルクロードを支配下に置き、西はイベリア半島まで支配していた。


 隆盛を極めたイスラム帝国では、各地の文化が融合し、科学が飛躍的に発展した。中国の製紙技術が伝わったのもこの頃だ。バクダードには多くの研究者が集まり、「ゼロ」を知る。アラビア語は通常、右から左へと書くが、インド数字を書く場合は、左から右へと書く。これもインドの影響らしい。




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中世には、敵の侵入を防ぐため城の入口を2階にしたので、ファーストフロアと呼んだともいわれる(ロンドン)



 ヨーロッパには、西の都・コルドバを経て、12世紀頃に伝わる。アラビアから伝来した数字だったので、アラビア数字と呼ばれ、形も変化した。はじめインドで「O」と書かれていたが、アラビアで「・」となり、ヨーロッパでは「0」と表記されるようになる。


 紙の伝播(でんぱ)が大きな役割を果たし、イタリアの商人たちは「0」を使用する。しかし、数学者は拒絶した。足しても引いても元の数字は変わらないし、掛けると「無」になる”悪魔の数字”だった。教会も、「0」の使用を禁じた。


 世界には長らく「0」がなかったため、西暦は1年から始まり、建物は地上を1階と数えた。ただし、イギリスなどでは地上を「グランドフロア」、2階を「1階」と呼ぶ。もともと地上を1階としていたのに、中世に変化した。「0」伝来と関係があるかもしれない。



3 「無入」や「飛び」はあったが「ゼロ」は発見されなかった


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 中国では紀元前から「算木(さんぎ)」という計算道具を使っており、日本にも伝来した。算木は木製の細長い直方体で、「算盤(さんばん)」という位を示した紙や布・木の計算盤を用いて、高度な計算を解いた。借金をマイナスと考え、赤色の算木が正の数、黒色が負の数を示した。「ゼロ」は「無入(むにゅう)」と呼んだ。ただし、「ゼロ」に当たる数字はなかった。


 日本で独自に発達した数学を「和算」といい、江戸時代にはそろばんが普及し、関孝和(せきたかかず)らによって、高度な数学が発展する。しかし、そろばんでは「205」を「2とび5」などと読んだが、書くときは「二百五」で、「二百零十五」などとはしない。「0」は、17世紀頃にオランダ人が伝えた。


 「ゼロ」がなかった日本では、古くから年齢を、「数え」で表した。子どもは生まれた日に1歳となり、その後は新年を迎えると1つずつ加算する。この加算法は日本人に広く浸透し、西欧化を進めた明治新政府は「0」に始まる満年齢を推奨したが、なかなか広まらなかった。


 七五三や古希(70歳)、厄年など数え年へのなじみは深い。もし、新しい元号に替わり、「新年を平成0年とする」と言われても、ピンと来ない。時間は見えないからだ。「0」を理解するのは、難しかったに違いない。



4千年の歴史持つそろばん


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 そろばん(アバカス)の原型は、今から4000年以上前のメソポタミア(イラク)にあるという。ヨーロッパでは17世紀頃まで使われていたが、アラビア数字と筆算が広まると、すたれてしまう。ところが1820年、ナポレオンの陸軍に従軍してロシアの捕虜になった数学者が、ロシア式そろばんを見て、新鮮な驚きを抱き、ヨーロッパに持ち帰った。ロシアでは、電卓が普及する1970年頃までそろばんが使われていたという。


ークラブツーリズム 友 12月号