がんは基本的に細胞の病気である。

どんな人間もおよそ六十兆個の細胞でできている。

六十兆個の細胞がそれぞれしかるべき働き場所を得て

全体が調和のとれた秩序ある活動をしていれば問題はない。

しかし、突然、周囲の細胞と無関係に勝手に行動する

一群の暴走族のような細胞が表れてくる。

それががんだ。

がんは異分子なのだ。

調和のとれた全体(正常細胞)を自己とすれば、非自己である。

しかし同時に生物学的には自己の一部でもあるから、

初期過程では簡単に見つからないし、それだけ取り除く手段もない。

 

正常細胞はみな新しく生まれては一定時間後に死んでいく。

生と死のサイクル(細胞周期)を繰り返していく。

そのような時間軸上の予定運命に従って生生流転していくのが

正常細胞であるのに対して、

これらの癌細胞は、細胞周期を追う

メカニズム(遺伝子のプログラム)がこわれているから、

簡単には死なない細胞になっている。

それががん化ということだ。

DNAに書き込まれた予定運命(生死のパターン)とか、

自己複製(生きるということは細胞レベルで自己複製をつづけることだ)

プログラムに狂いが生じて、正常細胞の生き方から逸脱してしまうのががん化だ。

 

がんは発病までに大きくいって、

イニシエーション(がん細胞の誕生)

プロモーション(育成)

プログレッション(悪性化の進行)の三つのステージを経る

ということは合意されているが

各ステージの中身とその進行過程については様々の議論があり

いま一定のカチッとした標準理論ができあがっているわけではない。

いまだに百花斉放の議論がつづいている。

 

                                    立花隆  がん生と死のなぞに挑む