だいぶ間が空いてしまいましたが、タイヤ論の続きで、今度はグリップ力のお話です。




タイヤの発生するグリップ力は、①凝着摩擦(簡単にいえば粘着力)、②変形損失摩擦(いわゆるヒステリシスロス)、③掘り起し摩擦(ゴムの凝集力 ゴムを引き裂こうとする力に対する抵抗力)の三種の摩擦の総和で決まる




詳しくはタイヤの専門書を読んでいただきたいところだが、ここでのキーワードは、②の変形損失摩擦。要するにタイヤ(ゴム)というのは、変形し、たわむことで摩擦力を発生させているということ




数あるモータースポーツの中でも、グリップ力(トラクション性能)さえ高ければ、耐久性など最低限でOKとされるドラッグレース用のタイヤは、構造が柔らかくて、よれるタイヤがいいといわれるのはそのため




そしてそのドラッグ用のタイヤというのは、たいていハイトの高いハイプロファイルタイヤで、たとえば295/65-15とか、295/50-16といったサイズがある。ということは、やっぱり高いグリップを得るには、ハイトの高さが不可欠だということでしょう




なぜか?

理由は主に2つ

ロープロファイルタイヤだとよれないから

ロープロファイルタイヤだと接地面積が稼げないから




ロープロファイルタイヤは、前回のブログで説明したようにサイドウォールの剛性は低く、柔らかいという特性があるが、タイヤの円形を維持しようとする力(リング剛性)は強いので、縦(回転)方向にはよれにくい。

一方、ハイトの高いハイプロファイルタイヤは、このリング剛性が低いので、縦方向は柔らかくしなやかなで、グリップ力が稼げるというわけです。

ときどき、ドラッグ系の記事で、「ドラッグ用タイヤはサイドウォール剛性が低い方が望ましい」といった内容を見かけるが、これはサイドウォールの剛性とリング剛性を混同しているのではないだろうか……




また、もうひとつの「ロープロファイルタイヤだと接地面積が稼げないから」には、異論がある人もいるだろう。

一般的には、ロープロファイルタイヤはタイヤの幅が広いので、接地面が広く、グリップが高いと思われているからだ。




しかし、タイヤの構造と空気圧とタイヤにかかる荷重が同じなら、ロープロファイルタイヤだろうと、ハイプロファイルタイヤだろうと、接地面積は変わらない。

ロープロファイルタイヤはたしかに接地幅は広いけど、先述のようにリング剛性が高いので、縦方向の接地=接地長は短くなる

逆にハイプロファイルタイヤは、接地幅は狭くても、接地長が長いので、接地面積はロープロファイルタイヤと同じになる

ちなみに偏平率でいうと、だいたい60~65%だと、接地面の縦横比がほぼ同じ、つまり正方形になるといわれている






四輪書「The Book of Four Rings(Wheels)」



(↑写真は東京都小平市にあるゴムとタイヤの展示館「ブリヂストンTODAY 」で撮影してきたタイヤの接地面積がわかる展示 タイヤの横の白いものは郵便ハガキ いわゆる「ハガキ一枚の接地面積」というのは本当だった)



「接地面積が同じなら、グリップ力だって同じじゃないか」といわれると、まさにその通りなのだが、それは他の条件、つまり空気圧と構造とタイヤにかかる荷重が同じ場合……。




レース用タイヤは、接地面積を稼ぎたいので、かなり空気圧が低めだ

F1の場合、レギュレーションで空気圧は1.4バールってことになっているし、ドラッグレースの“ドラスリ”などは、0.4~0.7kgなどの超低空気圧にして接地面積を稼いでいる




つまり、接地面積に一番影響を与えるのは、偏平率やタイヤの幅ではなく、空気圧であるということ




だったら空気圧を下げればいいんじゃないの? という話になるが、そうは問屋が卸さない。




よく小学校の校庭でタイヤの遊具を見かけるが、あれはトラック用のタイヤでも、人が乗っかればペコペコふにゃふにゃ変形するはず

そのことからもわかるとおり、タイヤの剛性、とくに張力剛性というのは、空気圧によって支えられているもので、空気の圧力がなければ、瞬間数トンという大きな荷重にはとても耐えられるものではない。

もう一度言いうが、タイヤの剛性は空気圧で決まる。

だから、空気圧は下げたら危険で、容易に下げるのは厳禁となる




サーキットを走るときに、はじめから空気圧を落として走り出したりするのも同様に危険。空気圧を低めにセットすると、接地面積が増えるので、グリップ感が増し、フィーリングはよくなるが、一方で転がり抵抗は増えるので、ストレートは伸びなくなり、タイム的には相殺されるケースもけっこうある。市販ラジアルタイヤなら、冷間の指定空気圧の110~115%ぐらいの数字を、温間時の目安にした方が無難だろう




もっともレーシングカーの場合は、それでももっと接地面積=グリップ力が欲しいとわがままをいうので、タイヤの形状をハイプロファイル化し、タイヤのハイトを高くして、タイヤ本体の張力剛性を高くすることで空気圧への依存度を下げているのだろう

(そもそもレーシングカーは車重が軽いというのもあるが、ダウンフォースは強烈だったりするわけで……)




逆にロープロファイルタイヤだと、タイヤの構造としてサイドウォール剛性が低いので、むしろ空気圧は上げなければならない。

ロードインデックス=耐荷重表示を見比べれば一目瞭然だが、同じ銘柄のタイヤで比較しても、225/50-16なら空気圧2.2kgでOKな負荷性能を、305/30-19だと空気圧を2.8kgまで上げないとクリアできない

いわゆるエクストラロードタイヤとか、レインフォースドタイヤというのが、ソレだ




こうした問題があるから、タイヤメーカー各社は、もっともスポーツ度が高い、フラッグシップモデルのスポーツタイヤには、超ロープロファイルタイヤのラインナップがないのだろう。




たとえば、ヨコハマゴムの場合、アドバンスポーツには295/25-21という、薄っぺらいタイヤがあるが、看板タイヤのネオバには偏平率30%のタイヤしかないし、その他のメーカーもちょっと前まで、高性能タイヤは18インチタイヤまでしかなかったはず




けっきょく、超ロープロファイルタイヤでは、高性能タイヤと呼ぶのにふさわしいパフォーマンスを提供できなかったからだろう。







「そうはいっても、実際にサーキットでタイムを比較すれば、ロープロファイルタイヤの方が速いじゃないか」

たしかにおっしゃる通りです

しかも細かく分析すると、ロープロファイルタイヤの方が、コーナリングスピードが若干高い

なぜかというと、ロープロファイルタイヤ=幅の広いタイヤは、接地面の内側にあるベルト幅が広いから。

ベルトはスチールワイヤでできているので、そのベルト幅が広いと平面的なねじれ力に対してゆがみにくくなる(面内剛性)。結果としてスリップアングルがついたときにCPやCFが高くなるというのが、その理由

もうひとつは、タイヤのグリップ力の三大要素のひとつ、凝着摩擦=粘着力が違うのだろう。つまり、高価なロープロファイルタイヤには、同じ銘柄でもハイプロファイルタイヤには使わないような、柔らかいゴムを使っている……とワタシは睨んでいる




「それがどうした。それでロープロファイルタイヤの方が速いなら、オレはロープロファイルタイヤを買うぞ!」

それはそれでぜんぜん異論はありません

ご自分のニーズに合っているのなら、他人が口を挟む筋合いはございません

でもそれなら、Sタイヤかスリックタイヤを買えばいいような気が……





世の中、原理原則が大事です

「無理が通れば道理引っ込む」

超ロープロファイルタイヤのように

もともとの特性に反して、サイドウォールの補強や、ソフトなコンパウンド、etc.といったドーピングをすると、第一にコストに跳ね返り、賞味期限も短くなる

サイドウォールが固くて、重量が重いので、入力はきついし、ピーキーだし、幅が広い分、ワンダリングの影響あり、偏摩耗も避けられない……




タイヤのインチアップを考えている人は、メリット・デメリットを原理原則から比較したうえで、ナニした方がいいのではないでしょうか?

(たぶん大きなお世話なんだろうけどね)




四輪書「The Book of Four Rings(Wheels)」

(これもブリヂストンTODAYに展示されていたタイヤの構造 ブリヂストンTODAYは入館無料で、日曜祝日以外はオープン こういうところは勉強になります)