管理職日本語教師の、相当深~いつぶやき。

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私たちの可能性は、こんなもんじゃない。


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先日、当校の卒業式がありました。

 

2年前の4月に開校したときに、初めて当校に入学した学生、同じく10月に入学した学生、あわせて80人弱の卒業生です。

 

そして当然、当校で行われる初めての卒業式でした。

 

当校には、これだけの人数が全部入れる場所がありません。

ですから、事務長が1年前から近所の400人収容の大きなホールを借りてくれました。

照明、舞台がついてる立派なところ。

 

で、そんな立派なホールを借りられるんだったら、卒業証書授与式だけで終わっちゃったら、ちょっともったいないない~と・・・。

 

で、じゃあ卒業証書を授与された後で、各クラスで、なんか発表やりますか?!っていうことになり、

 

結果、歌とかスピーチとか、研究発表とか、各クラスで1月から準備が始まったわけです。

 

各クラスにやらせておきながら、実は私、結構悩みの中でした。

 

発表をするなんて、練習とかいろいろ、各クラスの先生に負担になってしまうのでは。

学生のために、よかったのだろうか。

普通に卒業証書授与だけでよかったのでは。

発表なんて全然面白くなくて、どっちらけになったらどうしよう。

結果的に、学生のいい思い出になる卒業式になるのだろうか。

 

そして当日。

すべては杞憂でした。

いや~感動しました。

 

各クラス、どこもみんな一生懸命練習してくれました。

歌、研究、スピーチ、いいものを発表してくれました。

司会も一生懸命考えて、楽しませてくれました。

いいスピーチで、いいあいさつで、いい発表で、歌も決してうまいとは言えなかったけど、日本の歌をクラスで1曲選んで、たくさん練習してみんなの前で歌ってくれて、・・・よかった。

 

泣いた泣いた。

しかも「頬をつたう。」形式ではなく、「目から発射される」ように、飛ぶんですよ、涙が。

先生、学生、みんなボロ泣き。

そして笑顔。

握手。ハグ。

写真写真写真。

 

久しぶりです。こんなに幸せな思いに満ち溢れた日は。

 

卒業式を一つの大事なセレモニーとして、普段より格式の高いものとして、フォーマルな服を着て臨むなんていうのが、どこの国でも同じ、と思ったら大間違いです。

 

国によっては、卒業式なんて大事なものではなく、普段着で卒業証書だけ取りに行くとか、卒業証書が何かのプリントのように配られ、じゃあねで終わるところもあるようです。

 

だから、この3か月、学生には「最後の時間だからね。2年間いろいろあったけど、終わりよければすべてよしだからね。最後はきれいに終わろうね。」と各クラスで各クラスの先生に言い続けてもらいました。

 

結果、卒業生の欠席者は病欠の1名だけ。

在校生ともに集まって、予定通り挙行することができました。

 

しかも学生は全員スーツ。

中には民族衣装を着てきてくれた学生も何人もいる。

綺麗で、豪華で、誇らしい。民族の代表のようないでたち。

 

学生だけではありません。

先生方も、いろいろ準備してくださり、

中には、時間も手間もかかるお着物を着て来てくださった方も。

髪を結って、きれいに着飾った特別な装いの先生を見て、学生も喜んでいました。

その心遣いがうれしかった。

 

自分のクラスだけでなく、学校全体のこの1つの節目をみんなで盛り上げて、卒業生を送り出そうという気持ちがあふれていたと思います。

 

先生方、ありがとうございます。

 

式の最中も、クラス発表でも、

「先生方、ありがとう」

「最初、何もわからなかったけど、先生が助けてくれた。」

「この学校で勉強できてよかった。」

「全員合格することができた。」

「これから日本へ留学したいという国の友達には、この学校を勧めます。」

 

というような言葉が何回も聞かれ、そのたびに私は、

「やってきたことは間違いではなかった。やってきてよかった。」

と思い、涙があふれるのですよ。

 

「そりゃ、卒業式なんだから、多かれ少なかれ、みんな感動ぐらいするでしょ。」

とお思いですか。

 

いえいえ、そうではありません。

「こんな卒業式、けっ。」っていう日本語学校の卒業式の話は、いくらでも聞いたことがあります。

 

どっちらけの卒業式。

学生は大半が休み。

ありがたくもなんともない。

「休んだら欠席ですかぁ」と事前に聞かれる。

ハナから出席する気なんてなく、帰国してしまった。

 

こんな学校もあるんですよ。

 

何が違うのでしょうね。

 

よくはわかりませんが、学校に対する思い、学校愛、みたいなものではないでしょうか。

 

学生も先生も、学校に対して「好き」という気持ちがあるか。

学生は先生を、先生は学生を「好き」という気持ちがあるかどうか。

 

「また遊びに来たい。」「またいつでもおいで。待ってるよ」

「この学校でできるだけ長く働きたい。」

 

こんな気持ちがあるかどうか。

 

「あ~よかった。もう来なくていいんだ。もうあの先生に会わなくていいんだ。せいせいしたぁ~。」

「ふん。もう二度と会いたくないわ。あんな学生。」

「なんか変な卒業式。早く帰りたいわ。」

 

出席者にこんな風に思われている卒業式は、参加しているだけでそれが空気で伝わってきます。

 

結婚式も同じではないですか。

体裁だけ取り繕っても、

お金をかけて豪華にしても、

偉い来賓をたくさん呼んでも、

「大事なセレモニーです。」というだけで、出席者は感動するでしょうか。

 

出席している人の「思い」「心」がなければ、どこか「けっ」って思ってしまう。

そんなもんじゃないですかね。

 

ましてや卒業式。

彼らがいろいろな思いをめぐらせてきた、入学からの2年なり1年半の集大成。

その入学から積み重ねてきたことの答えが出される日、といっても過言ではないと思うのです。

 

そしてそれは、一部の教員だけが一生懸命クラスに尽くしても、必ずしもねぎらわれるものではないし、卒業式も成功するとは限らない。

先生のことは好きでも、学校は大嫌い、という学生もいますから。

 

学生全員に卒業式に笑顔で出席してもらって、「先生ありがとう」と言ってもらうなんて、やはりどこの学校でも当たり前、毎年当たり前、の光景ではないと思うのです。

 

まずは、いい学生に恵まれたことに感謝。

 

そして、決して勉強が好きでなない、下手したらドロップアウトしていたかもしれない学生を、ここまで引っ張って、進路の結果を出すなどして、ご指導してくださった先生方に感謝。

 

非常勤の先生のお一人が、こんなことを言ってくださいました。

「あの学生たちが『先生ありがとうございました。』って繰り返して言っているのを見て。あぁこれだ~って。よしまた明日からやるぞ~って、そういう気持ちにさせてくれました。」

 

もちろん、この職業を選んだから、日本語教育に熱心な先生は多いでしょう。

でもその熱心さが徒労に終わってはいかんのです。

自己満足、マスターベーションで終わってもいかんのです。

ただ一生懸命やればいい、っていうもんじゃないんです。

 

そしてそれには、チーム全体の意識が高くないと。

意識が足りない、教壇に立っているだけでOKでしょ、という先生が、一人としてチーム内にまぎれていてはいかんのです。

 

学生にも恵まれた。

そして、先生にも恵まれた。

この教員チームだから、こんな卒業式で終えることができたと思います。

 

あとは、やりがい搾取にならないように、上と交渉するのは私の役目ですので。

戦います!(笑)

 

さあ、新しい春がまためぐってきました。

新入生は80人。

そのほとんどがゼロスタート。

 

またナイスチームワークで、今年度もよろしくお願いします。

 

ところで、そのナイスなチームの一員になりたい先生、いませんか?

月~木の中で2日間、午後、ゼロスタートのクラス。

みんなの日本語Ⅰ

総武線沿線、千葉寄りの東京23区内

駅から徒歩5分

よかったらメールアドレスを載せたメッセージください。

 

ところで、あなたの学校の卒業式って、どうでしたか。

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