ずっとケガ人感をかもし出していたガーゼがとれました!

1日2回、毎回30分以上かけて交換していました。

美容にもこんなに時間かけたことなかったです。

ひと段落、バンザイ!\(^0^)/

 

まだ口元のはれは残っていますが

徐々に良くなっていくことでしょう。

 

 

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怪我をするって非日常なので

いつもと違う景色が見られて

いつもと違う人と接して

いつもと違う経験ができたのがよかったです。

 

 

外見からハッキリわかる怪我だったので

優しくしてくれる人がたくさんいて

ミュンヒハウゼン症候群にならないように

気をつけてました。

気をつけてどうにかなるものなのか

分からないけど。笑

 

 

自分の変化として「いいな」と思ったのは

起きたことをアンラッキーや天罰のように

カテゴライズしなかったこと。

意識してそう思わないようにした部分もあったけど

そういう感情はほとんどわいてこなかったので

思わない努力はそんなに必要ありませんでした。

 

 

逆に、「よいできごとだったのだ!」

「これは何かのサインだ!」

というような意味づけもあまりしませんでした。

サインは一応調べたけど。笑

 

 

目の前で普段あまり経験しない出来事が

どんどん展開されていくので

いつも観察していました。

そしてそのときそのときで判断して、

すごく先のことを悩んだりもしませんでした。

 

 

…ぼんやりしてるだけかもしれないけど。

事実、薬局でお薬もらって、

お会計する前に帰ろうとしましたし。

(支払い忘れてた。。。)

 

いずれにしろ、今の自分の状態が

私はわりと好きです。

 

仕事をするときは

もう少しシャキッとしたいな。。。

と思うけど、無理しても仕方ないしね。

 

 

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怪我をしてると優しくしてくれる人が

たくさんいました。

 

 

それはきっとみんなが優しいから。

優しさを持っているから。

 

 

それともうひとつ、

相手が痛みを抱えていることを

目で見て理解することができるから。

 

見えるものは共感しやすいからです。

 

 

見えないもの、

痛みに共感できないものは

どうしたらいいか分からないので

優しくできないです。

 

だからもし、

優しくしてくれる人が周りにいなくて

さみしく感じている人がいるとしたら

それは周りの人が優しくないわけじゃなく

分からないだけなのかも。

 

見えない、

共感できない(データが少なくて理解できない)

どう接したらいいか分からない。

だから優しさを表現できない。

 

 

 

ひとつ提案なのですが、

見えない痛みを抱えていて

周りの人の優しさを感じられない人は

まず、自分の痛みを可視化させてみては

どうでしょうか。

 

話したり、書いたり

作品として表現してもいいと思います。

 

そのとき、ガーゼを当てるのを忘れずに。

生々しい痛みや傷を直視して

治癒へ導けるのは

経験を積んだ専門家だけです。

 

ガーゼの向こうに

傷の存在を感じさせるくらいの距離感が

なにかを伝えたいときにはちょうどいいんです。

 

 

 

そして、人に優しくしたいけど

どうしたらいいか分からない方へ提案です。

 

丁寧に接してください。

ひとりひとり違う人間として

接してください。

 

できないところでなく

できるところに注目してください。

 

提案じゃなくて

お願いだね。笑

 

 

 

 

 

バリバリ物事を進めていく世界の

ダイナミックさも好きなので

この限りではないのですが。