よく努力を見せることは恥ずかしいとばかりに、そういった苦労話を避けるアスリートや芸能人がいます。


イチローが子供時代にバッティングセンター通いしたことも、野球が好きでやっていたのだから、それは努力じゃないと言うのです。


いやいや、ほぼ365日マシンを打つのもひとえに打撃を上達させたいからで、

野球に携わっている以上、嫌いでやってる奴はあえていうがアホでしょう。

その野球好きの中で、尋常じゃないほど根を詰めて練習出来ることが、努力じゃなければ天才といえばよいのでしょうか?

 

多分、イチローは自分を天才とは言わないでしょう。

だから、自分の理想に必要な練習はしたのだと。


そういう根を詰められる人の努力は必要じゃないというのを、

全く理想も掲げず、自分の出来る範囲で大した努力もせずに平々凡々の人並みの暮らしがしたいと言い放つ人間の努力しないを、同列に並べて語るなど全くもって論外でしょう。


だが、ニートたちは努力は必要ないと聞けば、ほらみろ!わが意を得たりとしたり顔で、

「社会の歯車になって、大した給料も貰わずあくせく働くなんて、

どうかしてるぜ!」とね。


人と噛み合わせる能力もなく、歯車になりたくない・・・、

それなら自営業でもやりますか?


自営であればあるほど顧客の飽くなき要望に応えなければならなくなるけどね。


まずは両手で確実に物事をキャッチしましょう。

アナタがカバーに回らなければ、誰がその問題を解決するというのだろうか。