海音寺潮五郎 『かぶき大名 歴史小説傑作集(2)』 (文春文庫) | 還暦過ぎの文庫三昧

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 還暦を過ぎ、嘱託勤務となって時間的余裕も生まれたので、好きな読書に耽溺したいと考えています。文庫本を中心に心の赴くままに読んで、その感想を記録してゆきます。歴史・時代小説が好みですが、ジャンルにとらわれず、目に付いた本を手当たり次第に読んでゆく所存です。



 文春文庫から出ている3冊の歴史短編集の2冊目。表題作を含めて8編の作品が収録されている。
 なかでも、表題作の『かぶき大名』は中編と呼ぶべきボリュームで、読み応えたっぷりである。後に幡隋院長兵衛と争い殺害し、自らも切腹に処せられた水野十郎左衛門の祖父にあたる水野藤十郎勝成の一代記だ。と言って、家康とも縁続きの三河豪族である彼の、各戦陣における豪快な活躍を描くというよりは、彼の愛すべき直情怪行ぶりにスポットが当てられていて、関ヶ原も大阪の陣も朝鮮の役もさらりと流されている。何事にも一直線で、戦国の荒い気風だからこそ通用した不器用な男らしさが、楽しい筆致で綴られてゆくのだ。タイトルの由来も、藤十郎がカブキ者であったからではなく、若い歌舞伎役者に思いを注ぎ、大枚を出して妾とし、彼女の希望に添って自ら歌舞伎興行を果たしたことから来ているようだ。その彼が、長寿を全うし、晩年は善政を敷く領主となっていったところが面白いところだ。
 『乞食大名』は、山形最上家の取り潰しによって浪人となった鮭延越前の恬淡とした生き様が心に沁みるし、彼を補佐して乞食までして仕える20人の部下たちの様子も微笑ましい。最後に越前が部下を思って仕官するところも、主従の結びつきがよく伝わり、美しい結末となっている。
 異色なのは『小次郎と武蔵の間』で、通常は物語を豪腕でグイグイと進めてゆく著者であるのに、この作品には、司馬遼太郎なら『余談ながら、……』と書き出しそうな挿話が数多く入っている。タイトルだけでは何の話がわからないが、細川家が佐々木小次郎を抱え、彼が宮本武蔵に敗れ、後年、その武蔵が細川家に仕えるまでの、兵法者が不在であった間を描いたものだ。細川忠利は剣法に熱心で、その間に松山主水という剣士を抱えていた。この作品は松山主水の伝説的な強さを描いており、その強さを際立たせるために様々な挿話が用意されているというわけだ。
期を扱ったものが多く、戦国の荒々しさが残り、徳川後期の堅苦しい武士道とは縁のない作品ばかりである。男の死に場所を求める『日もすがら大名』や『酒と女と槍と』も感銘深いし、著者得意の薩摩武士を描いた『男一代の記』は痛快である。読めば読むほど著者の作品に惹かれてゆくような気がする。
  2007年5月18日  読了