この本を読んだとき、

ブログのタイトルに「あきらめない」という言葉を使うと

なんとも往生際の悪い感じがする、と思いつつ、

仕事も子育ても自分らしく関わりたい、

そのために日々悪戦苦闘する自分が自分らしい、と思ったことを思い出しました。

本書でいうところのbest fit.

 

全ての条件が揃って、夫やシッターさんなど誰かに家事も育児もお任せして仕事に没頭できたとしても、それが自分の心底望んでいることではなかったのです。

 

本書は、オバマ政権時代のヒラリー・クリントン国務長官のもとで、

史上初、女性として政策企画本部長(国務長官に直接報告するエライ役職!)を務めていたアン=マリー・スローター氏が、

「家に戻ると決めた」ところから話がスタートします。

 

プリンストン大学教授の夫、小学4年生と6年生の子どもを残して2年間、

ワシントンに単身赴任し週末に帰宅する生活。

仕事に充実感と達成感を感じつつも、日々の疲労に加えて、

子供の問題行動が激しくなっていったとき、

ワシントンでの生活に終止符をうち、プリンストン大学の教授に戻りました。

 

この時、子どもといられる数年を大事にしたいという自分の気持ちに納得しつつも、

「格下げ」、「ドロップアウト」したかのように周囲に見られ、

また自分自身も心のどこかでそう感じて、

周囲の期待を裏切ったとモヤモヤしたしたそうです。

 

ここで著者が考えたこと。

「仕事か家庭か」は女性だけの悩みなのか。

子どもや配偶者との時間を大切にしたいという思いは根源的な欲求であり、

女性も男性もないのではないか。

ということ。

 

本書の中では男性が子育てのために仕事を調整したり、

スローダウンしたりする様々な例(ゲイカップルを含む)が紹介されてますが、

良くも悪くも子育ては女性の役割と社会で見なされているため、

男性は女性以上に苦労している、と言います。

 

問題は、子育てを女性がやるか男性がやるかではなく、

子育てや介護など誰かのために世話をすることの価値が過小評価されていることではないか。

 

自分や自社の利益を追求し、仕事で成長し、昇進し、成果をあげる。

競争心もケアも人間の根源的な欲求でありながら、

あまりに競争に価値を置きすぎている「競争バイアス」がある、

と著者は言います。

 

もっと「ケア」に価値を置こう。

子育て、介護だけでなく、地域やコミュニティ活動、そして自分自身のケアを含めた広い意味で、人を大事にすることを。

 

仕事と子育てについて感じ方は個人や置かれた環境によって違うと思いますが、

私の感じてきたことをスパッと言語化してくれたように思えました。

 

過去の自分は仕事に忙殺されてしまい、自分自身の体・心、子育てを置き去りにしてしまったことに気づき、セルフケアを軸に、子育てと仕事、地域を近づけながら暮らしていきたいと思うようになりました。

 

私の周囲でも少しずつ介護が生活の一部になっている知人友人がいます。

親が介護が必要になったとき、親の気持ちに寄り添って関わっていきたいとも思います。

 

これらは、best fistを日々模索する自分自身のunfinished businessであることを心に留めて日々生活しようと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

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