こんにちは!岸 洋子です ^ ^

映画『えんとつ町のプペル』を家族で観てきました。

 


子どもたちはロザリーナのプペルの歌が大好きだったのもあり、YouTubeで公開されていた宣伝も大好きでした。

 

 

 


幼児には長いかな、耐えられないかな、と思っていましたが
コミカルでリズミカルでスピーディーなので
3歳、9歳ともにフルで観ることができた。

(夫も行ったよ♪撮影係)

私は絵本を持っていたしオンラインサロンにも入っていたので、
どちらかというとプペル制作をすごく追いかけていたタイプの人。


だけど驚きがたくさんあった。


絵本よりずーっとずーっと深く哲学的で、
世界の構造といろんな人間の心を描いていた。


東京にいる私たちにも星は見えない。
見えないことに気が付いていないけど見えていない。


私は中東の砂漠でキャンプをした時、視界の180度全部が満点の星だった景色を見たことがあった
チベットで、手の届きそうな場所で瞬く星を見たことがあった。


子どもたちはそんなにたくさん空にあることが驚くほど静かで美しいことを知らない。
5個ぐらいの星が光っている空を星空だと思っている。

(六本木でのえんとつ町のプペル光る絵本展。この個展を砂漠の真ん中でやりたいと思った)


間違いじゃない。だけどそれが全てではない。

安心安全の中を、みんなと同じようにそろえてきちんと歩いていると、違和感に気づかなくなる。


研究院時代、イラクから留学してきたクラスメイトが
「日本は安全だけど、イラクの方が楽しい。
イラクは毎日『いってきます』と言ったら帰ってこれるかわからない。
だけど、誘拐されないように、爆弾に当たらないように、
毎日どの道を通るか自分で決めて歩く。
東京では、何時に道路のどの部分をどの向きで歩くかさえ決められている。
ゴミ箱が毎日同じ場所にあり、
どこで何をするかが朝起きた時から決まっている

と言っていた。


医師であった彼だが生活は大変で、
自宅で副業として始めた電気屋さんが爆発でなくなったり
日本に留学している最中にも弟さんが行方が分からなくなったり
 

 

築いたものは破壊され

散々な日々のようだった。


だけど、彼は「自分で考えて動けること」の方が楽しくて、
整えられすべてが「正しい」生活はつまらない
と言っていた。





小さな子どもたちは、本当によく違和感に気づく。


「ママ、なんであそこ(道)にゴミがあるの?」
「自転車が倒れてるよ、かわいそうだよ」
「ちょうちょがとんでる~」
「なんでこれほったらかしにするの?」
「なんでこうするの?」


それ(違和感に気づくこと)はすごくめんどくさい事でもある。
考えずに決まった道を歩くのは楽なのだ。




私は『えんとつ町のプペル』の作者である西野亮廣さんと同じ歳。
20代大学卒業後すぐにタイに行き、
向こうではあまり日本での出来事に注目していなかったので、
彼が一世を風靡したことも、日本中から嫌われていたことも知らなかった。
キングコングって名前は聞いたことがあったような気がする、
ぐらいでどんな人たちかも知らなかった。


29歳で本帰国し、
確かニコニコ動画とかラジオとかそんなところで彼のことを知った記憶がある。
人気者だとは知らなかった。

物事の見方が面白いな、と思った。
自分の講演会のチケットを自分で手売りしてる、
って言ってた。
しかも2000枚も!

当時、数字の感覚がわからなかったから、

2000人を集められる人なら著名人だろう

ということがつながらず、もの好きな人だなぁと思っていた。

独演会で日比谷公会堂の手売りが成功したから、一番宣伝効果の高かったツイッターをやめる!
一番うまくいったのをやめないと意味がない!とか言っていて、
どこかの田舎に「村をつくる」とかいってみんなでバーベキューして、


自分で自分に難題をふっかけて、

自分で勝手に挑戦してる変わった人だな~と思って

気にしていた。
(気づいたらめっちゃ追っかけてたw)




ある時、何かのきかっけで仲の良い友達に西野さんの話をしたら、


「私あの人嫌い」

ってものすごく低いトーンで言われて、
すごくビックリしたのを覚えている。


芸能人の好みはいろいろあると思う。
だけど、わざわざ人の話をさえぎってまで「嫌い」と伝えてくるのは、
よっぽど嫌なんだろうなと思って
言ってはいけないことを言ったような気がして
少しだけ心の距離が離れてしまった気さえした。


徐々に、彼の発信から日本中から嫌われていたことを知るようになった。
何度も何度も言っていたから。

それでも、あまりピンときていなかった。


が、彼の著書『ゴミ人間』を読んで本当に平坦な道でなかったんだなと理解した。

 

 


そして先日、映画を観ていろんなことがつながった。


深い悲しみと

 

飛び上がるような喜びと

 

燃えるような怒りと

 

どこまでも広いやさしさの振れ幅の中で
ゆるぎない信念が築かれ


苦しみながらありとあらゆる角度から深く洞察して

納得してきた人なんだろうなと感じた。


絵本の『えんとつ町のプペル』から、きっと映画『えんとつ町のプペル』製作の過程でも
きっとものすごい変化があったんじゃないかな、とも思った。


「早く行きたければ、ひとりで行け。
遠くまで行きたければ、みんなで行け。」


西野さんがよく紹介しているアフリカのことわざ。



これを本当に体現しようとしているんだな、と心底感じた作品だった。



目の前の景色が世界のすべてではない。
これは、人の感情や行動も同じ。
お金も同じ。



これまで、絵本は何かにチャレンジしようとする人にプレゼントしていた。


映画は、何かにチャレンジしている人や応援している人だけでなく
チャレンジしていない、まだしていない、何も気にしていない人にもプレゼントしたいと思った。




「挑戦する人を笑う、夢を語れば叩かれる、この世界を終わらせにきた」
日本で一番早い上映会での舞台挨拶での西野さんの言葉。

 


気づかぬうちに挑戦する人を笑ったり夢を叩いてしまっているかもしれない。
笑われたり叩かれるのが嫌で一歩を踏み出せないかもしれない。


これまでと違う自分になりたい
何かにチャレンジしたい
子どもの夢を応援したい

そんな人にはぜひオススメしたい。

 

 



世界も人生も、ぜったい楽しい。
11月に思い出した私の信念は、

言葉にすると軽いが、

涙が出るほどたくさんの経験と想いから気づいた言葉。

 

 

一緒に一歩踏み出そう☆

怖くても、仲間がいると強くなれるね。