OHISAMA Living  元気なひとがより幸せにHappy に生きるための心理カウンセリング

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元気なひと がより 幸せに Happy に 生きるための心理カウンセリング。
こころの中の、日の当たるリビングルーム。
人が集まり、憩い、癒されて、元気になって出かけていく。そんな場所でありますように。
どうぞゆっくりお寛ぎください~


テーマ:

こんにちは!OHISAMA Living カウンセラーのよこいめぐみです。

 

今日のタイトル、

「情けない自分」と聞いて、

皆さんどんなことを思われますか?

 

あんまり好きな人はいないかもしれませんね、この

「情けない自分」。

 

 

大人になると、なんでも自分で出来るということが

前提であり、それが大人であり、プライドというか。

 

そういう部分、誰しもありますよね。

 

それが評価されたり、対価が返ってきたりすると

嬉しいし、自分を認められる気がするし、誇らしいし、

いい感じがします。

 

じゃあ、

情けない時って?

 

自分で自分が思うより、思っていたより出来なかった時

自分が思うより、自分て出来ないと気が付いたとき

人の助けを借りるより他なかった時

 

他にもあるかもしれませんね。

 

今日のタイトルにしたのは、

そんな

「人の助けを借りるより他なかった時」

 

自分では正しいと思っていたし

これでそれまでやってきたし

それなりの成果は上げてきたんだぞと

 

思っているんだけど、

ここまでだった―。

 

そして、

もはや

 

人に言われたことをやってみる、

人の助けを借りてみる以外なかった時。

 

 

情けなくも人に言われた通りやってみた。

 

 

状況が変化していったり

癒されるのを感じたりして。

 

 

ううう。情けない。

今までの自分は何だったの。

 

 

 

基本、大人は「助けられる」のが嫌いですね。

自分は「助ける側」でいたいものです。

 

そうして「助ける側で」

いろんな人や状況を「助けて」

きたはずなのに、

 

こんな形で

「助けられる」なんて。

 

 

あー、ふがいない。

 

 

 

でもね、

 

と、

ここからがようやく今回の本題です。

 

 

 

「助ける人」「助けられる人」

その間に優越感とか、劣等感とか

あったと思うんです、

少なからず本当は。

 

でも、それが嫌だなー、とも感じているんではないかと思うんです。

 

私は数年前まで介護士をしていて、

仕事やお年寄りたちは大好きだったのですが、

この「対等でない感じ」を何とかしたいと思いつつ、

でもその壁をこえられないまま

長いこと、もどかしく感じていました。

 

 

今回のタイトルの「可能性」というのは

情けない自分を感じつつも

人の助けを「受け取る」ことが出来たなら

そこで情けなくも「癒されちゃった」のなら

 

助ける、という見方が

変わってくるんじゃないか?

 

ということです。

 

 

癒されたり

結果前進したのなら

 

今度自分が人に関わるときに

事にあたるときに

 

優越感や劣等感でなく

情けなさも知っている、あなたの

「優しさ」から

 

自然に関わることができるのではと

思うのです。

 

「助ける」とか「助けられる」とか

そんな仰々しいことでなくて、ね。

 

 

そして、

人の言うことを取り入れて

さらに柔軟になり

自分の枠もひとつ越えて

 

優しい大人になるのです。

 

 

やったね、おめでとう。

 

「情けない自分」

から

あたたかい「やさしい大人」

 

 

今日はそんなお話でした。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

次回もどうぞお付き合いください!

 

 

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