横浜関内婚活結婚相談所(リベラルアーツ)の婚活サロン

横浜関内婚活結婚相談所(リベラルアーツ)の婚活サロン

人生を素敵に生きる秘訣は、自らが社会で果たす使命を自覚して、人格(人間性と人柄)と個性(才覚と能力)を磨き、自らが素敵な人になることです。素敵な人は、必ず素敵な人と成婚し、職場や社会で活躍します。


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 こんにちは。横浜関内婚活結婚相談所リベラルアーツの伊櫻です。リベラルアーツは、結婚のお相手選びの絶対的基準は、人間性と人柄、一言で言えば、その人の人格力であるとし、婚活に励む方は、人格力を高める生き方改革、未来を拓く自分磨きが大切であると訴えています。

 しかし、伊櫻は何故、そんなことを言うのでしょうか。リベラルアーツは、入会者を何とか成婚させれば、それで良いという考えではなく、成婚した方が、お相手とともに職場、社会で活躍して欲しいと願っているからです。

 伊櫻のそうした願い、想いは、何処から来ているのでしょうか。それを知るために、自らの人生での出来事を追体験してみたいと思います。正直に申し上げると、伊櫻の性格でしょうか、済んだことを振り返ることは、これまで殆どありませんでしたが(笑)・・・。

 

 

 さて、リベラルアーツ代表である伊櫻のライフワークの本質は、社会的視点からは少子高齢化対策と言えます。しかし、如何なる社会的問題も、それを紐解く鍵は、社会を構成する人の問題に帰着します。

 

 伊櫻は、外務官僚を38年間、務めましたが、一貫した経験は「腐敗対策」でしょうか。 1989年秋にベルリンの壁が崩壊した時、ソ連の衛星国であったハンガリーが、東独人を西側に逃がして、その引き金を引きました。

 その当時の伊櫻は、外務本省でハンガリーを担当していましたが、社会主義、ソ連邦が崩壊した真の理由は、社会主義国の計画経済では、全ての勤労者がお役人であること、つまりは、国を挙げた官僚主義と、その腐敗と堕落振りにあるというのが正直な実感です。

 1991年にソ連邦が解体するまで、世界の人口は、自由主義圏よりも社会主義圏の方が多かったことは、歴史の皮肉と言うべきでしょうか。人権無視の抑圧で、社会主義に異を唱える反体制派の人々を強制収容所送りにすることが、当たり前の独裁主義国家、社会の恐ろしさは、言葉では言い現わせません。

 人類の誕生以来、影の身に沿うが如き生き物が、腐敗と堕落というもので、お役人に限らず、人は余程の緊張感を持って毎日を過ごさないと腐敗、堕落します。伊櫻は、そうした経験から、人というものの在り方について、深く考えざるを得なかったのでしょうか。

 その後、OECD(経済協力開発機構)室では、まさに国際的な犯罪、腐敗対策担当でしたし、本邦や国外で腐敗、堕落した組織の立て直しにも従事しています。

 

 如何なる政府も、腐敗と堕落に対する「自らの自浄能力は持たない」ことが、歴史の教訓として残されていますが、その教訓の依って来るところは、人は夫々に、自分の姿を正しく映す鏡を持っていないことにあると想われます。

  伊櫻が結婚相談所を開設した理由としては、少子化対策という側面もありますが、特には若い方々が本当の自分を発見し、社会で活躍して欲しいからです。人の真の幸せは、それ以外にはありません。

 そのことは、伊櫻が半生を費やした「腐敗対策」と実は裏腹の問題であると確信しています。誰もが人生では、その生き方が問われますが、その問題の本質は、腐敗と堕落の対極、反対側にある人格力の向上を図るには、どうすべきかとの問いかけと同義です。

 お役人の場合は、腐敗と堕落が相対的に分かり易いだけで、生き方の問題は、誰もが向き合うべき問題であり、人夫々が死を迎えるまで、逃れることはできないことも確かでしょう。

 塵芥に塗れた現実、日常生活では、誰の人生でも華々しく勝利を得る局面などは、極めて稀です。人生の大方は、凌ぎ勝負の忍耐力を発揮できるかどうかが、人としての実力の分かれ目であり、人生の最終章で如何に勝利を得るかが、闘いの要諦でしょうか。

  次回は伊櫻のライフワークの本質を、結婚相談所の仕事という実践的視点から、考えてみたいと思います(笑)・・・。


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 こんにちは。横浜関内婚活結婚相談所リベラルアーツの伊櫻です。リベラルアーツは、結婚のお相手選びの絶対的基準は、人間性と人柄、一言で言えば、その人の人格力であるとし、婚活に励む方は、人格力を高める生き方改革、未来を拓く自分磨きが大切であると訴えています。

 しかし、伊櫻は何故、そんなことを言うのでしょうか。リベラルアーツは、入会者を何とか成婚させれば、それで良いという考えではなく、成婚した方が、お相手とともに職場、社会で活躍して欲しいと願っているからです。

 伊櫻のそうした願い、想いは、何処から来ているのでしょうか。それを知るために、自らの人生での出来事を追体験してみたいと思います。正直に申し上げると、伊櫻の性格でしょうか、済んだことを振り返ることは、これまで殆どありませんでしたが(笑)・・・。

 

 

 さて、伊櫻は若い頃から、様々な苦難に見舞われましたが、その渦中で何を学んだのでしょうか。人が未来を切り拓く力を持つとすれば、その原動力とは何か、或いは、その力は何処から出て来るのかということかも知れません。 

 人が何らかの行動を起こす場合、いろいろと意識的に考えることは確かです。しかし、自己の欲望と感情に振り回されて、人としての思考回路が正常に機能しない人も、少なくありませんが、どういう訳があるのでしょうか。

 人の意識は、眼、耳、鼻、舌、身の五官から外界の情報を受け入れて、出来事、事態、状況を分析しますが、思考回路が正常に機能しないと、現実を捉え切れません。思考回路の性能は、人夫々の人生の成功と失敗の経験値で、大きな個人差を生み出します。

 以上の六識の領域に加えて、深層心理の領域もあります。先ず、末那識(まなしき)という7番目、自我の最初の領域があり、自分だけの世界で完結しようとします。言わば、小我、自己愛の世界です。

 8番目の領域は、阿頼耶識(あらやしき)と呼ばれる、人夫々が有する過去の行動とその結果、或いは経験値が集積した自我と言うべきでしょうか。過去の如何なる成功、或いは失敗を問わず、そうした自我に捉われ、執着すれば、未来は切り拓けません。

 最後の9番目が、阿摩羅識(あまらしき)という究極の自我、言わば大我です。コンピュターの仕組みで例えれば、人の意識、深層心理を統合する制御装置でしょうか。人として本来在るべき根源的願いが、この制御装置を稼働させます。

 理論的には、この大我に組み込まれた制御装置を鍛えれば、思考回路が高速で機能し、眠っていた才覚と能力が覚醒し、自分の未来が切り拓けますし、それこそ婚活も成功するでしょう。

 

 以上は、大乗仏教、そして脳科学や深層心理学の説くところですが、自我に組み込まれた制御装置を稼働させる決め手は、自己の根源的願い、言い換えれば、人夫々の志と使命感にあり、究極的には誓願、即ち決意と覚悟の世界でしょうか。

 人生では人夫々に、夢があるはずです。自分が望む仕事、職を勝ち取り、人生を共にする伴侶を得て、家族を持ちたいと考えることは、極めて自然なことです。

 しかし、自分が望む世界が、単なる欲望の充足なのか、夢を実現した先にあるのか、更には、志を立てて社会に貢献するのか、大きな違いがあります。

 伊櫻が学んだであろう経験則によれば、自分が望む世界を単なる欲、夢から、志の世界に昇華させることが、自分の未来を拓き、人生で勝利を得る道です。

 しかし、そんなことは、婚活アドバイザーである今の伊櫻の仕事と、どういう関係があるのでしょうか。それは大袈裟に言えば、伊櫻のライフワークの本質とは何かという話ですが、次回とさせて頂きます(笑)・・・。


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 こんにちは。横浜関内婚活結婚相談所リベラルアーツの伊櫻です。リベラルアーツは、結婚のお相手選びの絶対的基準は、人間性と人柄、一言で言えば、その人の人格力であるとし、婚活に励む方は、人格力を高める生き方改革、未来を拓く自分磨きが大切であると訴えています。

 しかし、伊櫻は何故、そんなことを言うのでしょうか。リベラルアーツは、入会者を何とか成婚させれば、それで良いという考えではなく、成婚した方が、お相手とともに職場、社会で活躍して欲しいと願っているからです。

 伊櫻のそうした願い、想いは、何処から来ているのでしょうか。それを知るために、自らの人生での出来事を追体験してみたいと思います。正直に申し上げると、伊櫻の性格でしょうか、済んだことを振り返ることは、これまで殆どありませんでしたが(笑)・・・。

 

 

 若い頃の伊櫻は、人並み優れて人間の出来が悪かったのでしょうか、失敗の累積で挫折が大規模化しました。前回述べたとおり、大学を2回も留年、就職にも失敗し、勿論、結婚することなど、頭にはありませんでした。

 脳血栓で倒れた母親の看病の手が離れた後は、危険なビルの建設現場や、深夜の喫茶店のアルバイトなどで稼ぎ、経済苦を凌ぐ生活も強いられています。

 伊櫻の母親が、最初に倒れた時は、殆ど植物状態でしたが、伊櫻の母親は、気が強いのが唯一の取柄で、そのせいもあったのでしょうか、奇跡的に生き残りました。

 伊櫻という生き物の不思議なところは、何故か諦めることを知らないことです。外務省の採用試験を控えて、人の人生では何が勝負を分けるのかを考え、勉強面でも効率を上げて絶対に勝つなどとする、勝手な方程式も生み出しています。

 結局、母親が倒れてからの3年間で、大学を無理やり卒業、外務省にも無理やり入り、その年に結婚もしましたが、周囲の反対を押し切ったという意味では、結婚も無理やりだったのかも知れません。

 

 さて、本題に戻りますが、伊櫻の過去の経験は、人間修行、全て自らの訓練であったようです。現在の仕事である婚活支援は、人生の最終章での終活でしょうか。これで、伊櫻のライフワークが、果たされることを望みますが(笑)・・・。

 伊櫻には、自分でも驚く不思議な才覚、能力があり、それは、人を職場や社会で活躍させることです。人が持つ潜在的可能性を信ずる心が強いからでしょうか。若いころは、国家公務員試験を突破したいという、多くの大学生のお世話をしています。

 その試験を突破することは、何のためなのか、また、具体的に何をしたいのか、確かな考えを持つ人は、大活躍をしています。一流の外交官として世界の平和に貢献し、或いは、我が国の大使となって、各国との友好関係の構築に励んでもいます。

 

 人は人生の途上で、四苦八苦というものに向き合いますが、生老病死という最初の四苦に続く、残りの四苦の親玉で、五陰盛苦(ごおんじょうく)と言われるものが存在します。簡単に言えば、人が持つ思考回路が、正常に機能しないことに起因する苦しみでしょうか。

 人は誰もが、人生で遭遇する苦難を乗り越える力を持っていますが、苦難を乗り越えるには、秘訣があります。それは、自らの志、或いは、ライフワークを定めることです。何が自分のライフワークなのか、それを決めれば、思考回路が高速運転を開始します。

 婚活に励むことも、自分の人生の一部であれば、それは自らのライフワークを果たすため、同志を糾合する尊極の働きかけです。これは、人に対する究極のおせっかいに生きる、伊櫻のそれこそ、身勝手な想い込みとでも、言うべきでしょうか(笑)・・・。

 


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  こんにちは。横浜関内婚活結婚相談所リベラルアーツの伊櫻です。リベラルアーツは、結婚のお相手選びの絶対的基準は、人間性と人柄、一言で言えば、その人の人格力であるとし、婚活に励む方は、人格力を高める生き方改革、未来を拓く自分磨きが大切であると訴えています。

 しかし、伊櫻は何故、そんなことを言うのでしょうか。リベラルアーツは、入会者を何とか成婚させれば、それで良いという考えではなく、成婚した方が、お相手とともに職場、社会で活躍して欲しいと願っているからです。

 伊櫻のそうした願い、想いは、何処から来ているのでしょうか。それを知るために、自らの人生での出来事を追体験してみたいと思います。正直に申し上げると、伊櫻の性格でしょうか、済んだことを振り返ることは、これまで殆どありませんでしたが(笑)・・・。

 

 

 人生を「まじめ」に生きることは、意外と難しいのかも知れません。甘い夢に浸っているとき、或いは苦難に遭遇しても、解決すべき問題を先送りしている間に、かけがえのない人生の時は、無常にも過ぎ去ってしまいます。 

 

 伊櫻が早稲田の文学部に入学した年、学生運動の「革マル派」が全国拠点としていた、文学部では学生間で虐殺事件が発生し、文学部の授業は1年間休講となり、要領の悪い伊櫻は、リポートの提出を怠り、そのまま留年が確定しました。

 また、卒業の時期には、母親が脳血栓で倒れ、明日の命も危ない程、重体でしたが、自宅で看病、介護の日を送り、再度の留年も確定しています。

 そんな渦中、伊櫻はどうしても外務省に入りたいと想い、採用試験の勉強は深夜の3時間だけでしたが、一次の筆記試験は合格しました。しかし、筆記試験の成績に加えて、そもそもは自分に自信がなく、二次の面接試験で失敗し、晴れて不合格の憂き目を見ています。

 翌年は就職浪人を決め込み、5か月間、集中的に勉強して、再度の挑戦で合格を勝ち取りました。しかし、伊櫻は母親の看病で疲れ切っていたため、長時間の勉強はできないため、少ない時間で如何に効率を上げるか、実践的に知恵を絞ってもいます。

 

 人が人生の苦難、或いは、大きな挫折、失敗に直面した時は、奇麗ごとでは済みません。親、兄弟、親族の誰もが、左程には頼りに出来なければ、自分が強くなる以外、解決の道はないというのが、その時の実感でしたでしょうか。

  人生では、自らの不運を嘆き、感傷に流されても、未来は拓けません。人は自分のライフワークを定めた時、その大きさに応じた苦難が、襲うように出来ているようです。人生の苦難、辛い試練を乗り越えれば、未来を切り拓く才覚、能力が磨かれます。 

 人生では未来志向、つまりは未来に向けた志が、大切でしょうか。志とは、何をもって自分の人生の幸せとするのか、言い換えれば、自分のライフワークを決めることと、同義と想われます。

 当時の伊櫻の志は、ベルリンの壁に象徴される、人権を抑圧する社会主義体制の解消に貢献することでした。ベルリンの壁は不思議にも、伊櫻が外務本省でハンガリー担当であった1989年の秋、同国が東独人を7-8万人逃がしたことで崩壊しています。 

 

 しかし、そんな伊櫻の過去の経験と、現在の仕事である婚活支援とは、何の関係があるのでしょうか。人生に偶然というものは存在しないとすれば、人生90年時代を迎えた今日、伊櫻のライフワークは、外務省のお仕事では、完結していないようです(笑)・・・。


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 こんにちは。横浜関内婚活結婚相談所リベラルアーツの伊櫻です。リベラルアーツは、結婚のお相手選びの絶対的基準は、人間性と人柄、一言で言えば、その人の人格力であるとし、婚活に励む方は、人格力を高める生き方改革、未来を拓く自分磨きが大切であると訴えています。

 しかし、伊櫻は何故、そんなことを言うのでしょうか。リベラルアーツは、入会者を何とか成婚させれば、それで良いという考えではなく、成婚した方が、お相手とともに職場、社会で活躍して欲しいと願っているからです。

 伊櫻のそうした願い、想いは、何処から来ているのでしょうか。それを知るために、自らの人生での出来事を追体験してみたいと思います。正直に申し上げると、伊櫻の性格でしょうか、済んだことを振り返ることは、これまで殆どありませんでしたが(笑)・・・。

 

 

 伊櫻は、大学ではロシア文学を専攻しています。とは言っても2年も留年して、無理やり卒業しただけのことですが(笑)・・・。

 人の人生の軌道は、恋愛で出来上がっている訳ではありません。しかし、婚活に励む人で、異性と付き合うことが苦手な方は、古今東西の恋愛小説の名作を読んで、疑似体験を積み上げ、経験値を高めでは如何でしょうか。

 

 以下では、ロシア恋愛小説の名作選を紹介します。ロシア文学、小説などの主人公では、社会で果すべきお役目がない「余計者」という、典型的な象形、タイプが存在しています。

 社会で役に立たないばかりか、それこそ人妻を口説くなどと余計なことをする、「余計者」もいます。帝政時代の貴族、知識層の出身者で、良く言えば自分探し、悪く言えば野次馬根性で、ロシア各地へ放浪の旅に出ます。

 

 そうした主人公の一人に、ロシアの国民詩人であるプーシキンの「オネーギン」があります。「オネーギン」は正確には小説ではなく、劇詩(劇のセリフが詩の形式)で書かかれており、チャイコフスキーが曲を付け、オペラにもなっています。

 そこでは、田舎貴族の娘であったタチアーナが、旅人であるオネーギンにラブレターを記しますが、上から目線の説教をされて、あえなく失恋します。タチアーナは、結婚後にモスクワに出ますが、都会暮らしで垢抜けして、大変な美人に変身します。

 タチアーナは貴族の社交の場で、偶然に出会ったオネーギンに言い寄られて、想わずよろめきそうになりますが、夫に何の不満があるのかと我に返って、如何わしい愛の告白を拒絶し、不倫は未遂で終わります。

 因みに、プーシンは妻の不倫疑惑を仕掛けられて、決闘の果てに37歳で生涯を閉じており、「事実は小説よりも奇なり」を地で行っています。

 

 ロシア文学の巨人、トルストイの恋愛小説では、「復活」や「アンナ・カレーニナ」があります。

 いずれも、浮気女のお話ですが、「復活」では男を騙して流刑される、女主人公の宗教的懺悔がテーマになっており、トルストイの真骨頂でしょうか。

 他方、アンナ・カレーニナは、映画にもなっていますが、若い将校との愛欲に溺れた人妻の話で、不倫の果てに鉄道自殺を遂げます。

 長編小説「戦争と平和」では、主人公の一人である貴族の娘、タチアーナは、チャラ男との熱に浮かされた駆け落ちに失敗、その後の舞踏会デビューでは壁の染みを助けてくれた、イケメン青年将校のアンドレイに憧れ、片思いに陥ります。

 アンドレイは、ロシアに攻め入ったナポレオン軍との戦場であった、アウステリッツの空を見上げながら戦死しますが、オネーギンと同様に余計者の系譜を踏んでいるようです。タチアーナは、遠回りした末に、人生の生き甲斐に悩んだ主人公、ピエールと結ばれます。

 なお、トルストイの短編小説では、「クロイツェル・ソナタ」という、中年貴族の愛欲の実態を描いた、身も蓋もないものもありますが、これもトルストイ独特の世界でしょうか。

 

 チェーホフの「犬を連れた奥さん」では主人公が、夏場の保養地である黒海のオデッサで知り合った、人妻の家を地方都市で奇跡的に探し当て、不倫に及ぶという幻想的なストーリーで出来ています。

 それから、ロシア革命時代に生きた医師の運命と恋愛を描いた、パステルナークの「ドクトル・ジバコ」も映画になっていますが、これもある種の不倫物語です。ジバゴの恋人「ララ」のテーマはワルツ仕立てで、婚活に疲れた方にお勧めの映画音楽です。

 

 因みに、不倫、浮気などと言うものは、所詮は、人生の伴侶や恋人に対する裏切りでしかなく、トルストイの小説では、その結末を鋭く突いています。

 また、ドクトル・ジバゴも最後は、生き別れを余儀なくされた恋人のララを、モスクワの電車の窓から発見したところで、心臓発作で倒れてしまい、これもハッピー・エンドではありません。

 

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