3年の継続があれば、有形の「技術」は無形の「感覚」に変化していく(15/2/14授業後雑感) | ふくしま国語塾主宰 福嶋隆史のブログ

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会話で答えるのと、読解で答えるのと。両者には自ずと違いが出る。

「なぜ今日は試合が中止なのか?」という問いがあるとして、会話なら「雨だから」でいいが、読解では「今日は雨だから」と書く必要がある。この「今日は」の部分を省略してしまう子が、実に多い。「因果関係整理問題の答案では、主語・主題を意図的に繰り返せ!」ということだ。

会話は、受信者である相手が目の前にいる。しかし、読解では、受信者である採点者は目の前にはいない。目の前にいない人間にメッセージを送る以上、省略は極力避けなければならない。ましてや、自己の理解度を相手に対して証明してみせるための文章、それが記述答案なのだから。

しかし、そうは言っても、ハイレベルな答案を書ける子が増えてきた。対比の観点の統一という技術1つをとってみても、あたりまえのように「意識」できるようになってきた子が多い。指導の成果は確実に上がっている。最近入った生徒も、早く追いついてほしい。

新しい生徒が入ることの多い2月は、これまでの生徒がいかに成長を遂げているのかを実感できる季節でもある。

新入生が書く答案には、一般的な国語教育すなわち「形なき国語」の授業しか受けていないという事実の重さがにじみ出ている。それをあらためて目の当たりにした時、ああ、「形ある国語」つまり論理的思考の技術を毎週積み重ねる授業を受けている子の答案は明らかに違っているなあ、と再認識させられる。

その違いを簡単にいえば、「文章を切り貼りすれば答えが書ける」と思っているか、「文章を別の水準の表現に言いかえたとき初めて答えになる」と思っているかの違いである。

むろん、後者が、わが塾の指導を受けている子の考え方である。

最近入った子には、1日も早く、そういうものの見方をできるように育ってほしい。とはいえ、国語力向上に時間がかかるのもまた常識である。だから、とにかくは、長く続けること。これに尽きる。

最低3年だと思う。3年通って初めて、そういう「センス」が体に染み込み始める。有形の技術も、体得され血肉となれば、無形になり、見えなくなる。無意識の領域に至る。そして、まるで「センス=感覚」であるかのように、技術を使えるようになる。ただし3年は最低ライン。理想はその倍。

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