TOMのブログ -2ページ目

TOMのブログ

ブログの説明を入力します。

クルト・ワイルの作品は「三文オペラ」以外、あまり上演されることはない。



ユダヤ人であるワイルは、ナチスを逃れ、フランスを経てアメリカに亡命し、ミュージカルの作品をいくつか残している。

日本でも公演した「レディ・イン・ザ・ダーク」や名曲“スピーク・ロウ”を含む「ヴィーナスのキス」(エヴァ・ガードナー主演で映画化)などがあるが、ブロードウェイでも再演の機会は少ないようだ。


ワイルの曲は台詞のように語るものが多いので、唄い上げ系全盛のミュージカルが主流の日本では、上演の可能性は極めて低い。


「三文オペラ」はブレヒト作ということもあり、寧ろ演劇畑からのアプローチが多いように思う。

演劇とミュージカルを分けること自体、ぼくは誤っていると思うのではありけれど。



ワイルの曲は、演劇に合うと考えた劇作家がいた。

井上ひさし氏である。

井上氏の東京裁判三部作「夢の裂け目」「夢の泪」「夢の痂(かさぶた)」で、ワイルの楽曲に日本語の歌詞を載せ、実に効果的に使っていた。

オーケストラピットを作り、キーボード、木管、チューバ、ドラム・パーカッションという編成。


聴いていて、ワイルの曲は実に演劇に合うと思ったものだ。

作詞も巧みだったのでしょう、日本語にもよくマッチしていた。


ワイルの作品の上演機会は少ないが、彼に影響は受けた作家、ミュージシャンは少なくないと思う。

カンダー&ウェブの「キャバレー」や「シカゴ」はその影響を感じる。

「ユーリン・タウン」の楽曲はワイルへのオマージュと言ってもよいものである。



ぼくは随分前に、CDショップで見つけたウテ・レンパーという歌手の歌う

UTE LEMPER SINGS KURT WEIL

というCDを購入した。

これが、素晴らしいCDで愛聴盤のひとつとなっている。

ウテ・レンパーはドイツ人で、背が高く大変にスタイルがいい歌手で、ミュージカルにも出演している。

「シカゴ」のヴェルマ・ケリーはぴったり。


ウテ・レンパーは来日公演を行ったことがあり、オーチャードまで聴きに行ったが、キャバレーのムードで歌う妖艶な彼女は見事なものでした。


ウテ・レンパーの「モリタート(マック・ザ・ナイフ)」は絶品である。




https://www.youtube.com/watch?v=SHFXEPYU0FQ









映画「マエストロ」を観ました。


解散した楽団の団員を集め、コンサートを開催するという内容をみると、数年前に公開されたフランス映画「オーケストラ!」を思い起こします。



「オーケストラ!」はロシアの有名管弦楽団で掃除人として働く、かっての指揮者が、パリから楽団事務所に届いたキャンセルの穴埋め公演への出演依頼を拝借して、昔の楽団員を集めてパリに乗り込み、最終的には大成功を納めるというかなり荒唐無稽な物語。


演目は、チャコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」
リハーサルもせずにコンサートに臨むという有り得ない状況。
ソリストのフランス人は、世界で活躍する名花。 一旦は断るが、ある古い楽譜を渡されてから改心します。



いい加減な楽団員たちによる出だしは驚くべき酷いもの。

しかし、美しいソリストの初めの音を聴いた途端、演奏者としての心が戻り、最後にはソリストと一体となった見事な演奏と変わっていきます。

楽団員そして指揮者とソリストの過去の秘密が演奏中に描かれ、コンサートシーンをより感動的に描いていきます。




この最後の演奏会シーンは圧倒的で、編集(短縮版の編曲をして演奏したので、不自然さを出来る限り抑えています)も巧みで、ぼくがいままで観た音楽映画の中でも感動的なシーンのひとつと思います。



さて、好きな映画の話題で長くなってしまいましたが「マエストロ!」

なぜ、長々と「オーケストラ!」のことを書いたかたというと、あの涙ボロボロの演奏シーンの感動を味合うことが出来なかったからなのです。





物語は、「コンサート!」以上に“こりゃ、マンガだね”と思ったら、マンガが原作でした。

残念ながら、原作を知りませんが、人物たちの描写が浅く、コンサートの盛り上がりに欠けます。

同じ漫画を原作とした“のだめカンタービレ”の面白さはありません。




また、役者による演奏シーンにリアル感がありません。
物語は漫画で構わないのですが、演奏にはもう少し、神経を使って欲しいと思います。
映画を作るための時間や、ギャラの問題もあるのでしょうね。
海外の映画は、手のアップによる演奏シーン、カメラがひくと、その手は役者のものだった。
などというシーンには、よく出会います。
映画には専門家も参加しているのでしょうけれど、こんなのでよしとしたのでしょうか。







ラストに持ってきたコンサートの演目は、ベートーベンの交響曲5番「運命」とシューベルトの交響曲7番「未完成」

ミュージカルで言えば、「サンライズ・サンセット」と「見果てぬ夢」ようなもの?

曲名を聞いたときに、あんまりベタなので苦笑してしまいましたけれど、やはり有名な曲はそれだけ素晴らしいものを持っています。

映画のコンサートシーンで使用される演奏は、佐渡裕指揮のベルリン・ドイツ交響楽団の演奏。

高揚感を与えてくれます。

この映画を観に行ってよかった唯一の長所になりました。
























NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)も大詰め。

今週末には、AFCNFC各カンファレンスの決勝、翌週のオールスターゲイムであるプロボウルを挟んで、21日(日本時間2日)には、スーパーボウルが行われる。

フットボールは“ファイナル・スポーツ”と呼ばれる。

各種ボールゲイムの面白さを集めた終局のスポーツという意味だろう。

まあ、何でも自分が一番と思っているアメリカ人が言うので、他のスポーツのファンは反論するに違いない。

例えばサッカーファンは思うだろう。

“ふざけるな!

そもそも、サッカーだって、フットボール。

フットボール=アメリカン・フットボールではない“



ぼくは、古くからのラグビーファンである。

今でもラグビーのファンであることは変わらないけれど、フットボールが

ファイナル・スポーツと呼ばれることは理解できる。

選手交代は自由、全てのポジションにスペシャリストを配する。

作戦を練るコーチもヘッド・コーチに攻撃と守備の二人のコーチがいて、

ライン間近に立つ彼らには、スタンドの上方から戦況を見ている人間から情報が瞬時に伝えられる。

作成は緻密で、選手に指示される。

作戦は緻密でも、実際にプレイをするのは、人間。

個々のプレイヤーの能力も見モノ。

パワー、スピード、俊敏さ等々の運動能力に加えて、瞬時に状況を判断する頭脳を持つのが一流選手である。

攻撃は断続的で、サッカーのように連続していないので、詰まらないと思うかも知れない。

が、フットボールの攻撃と守備の探り合い、駆け引きの面白さは、他のスポーツにないものがある。

ゲイムをコントロールする審判も7人いて、様々な角度からプレーを監視する。

さらに、ビデオ判定がいち早く取り入れられ、誤審がないように配慮されている。

また、判定に不服の場合は、コーチがチャレンジと言って、ビデオ判定のやり直しを要求できるシステムもある。

チャレンジはタイムアウトを掛けて行われるが、これもゲイムの面白さのひとつである。

フットボールはルールが複雑である。  ぼくも、試合を観る度に知ることも多い。

それは、奥が深いとも言える。

今週の各カンファランスの準決勝、計4試合は、嬉しいことにすべて応援するチームが勝った。

NHKでは録画放送であったが、結果を知らないようにして観たので、毎夜毎夜興奮して観戦していた。

1/19(月)は早朝から生中継。

仕事をサボって観戦しようかと思っている。

個人的には、ニュー・イングランド・ペイトリオッツ(AFC)対シアトル・シーホーク(NFC)のスパーボウルが希望。

NFCはグリーンベイ・パッカーズでもいい。

さて、どうなるか。