妖怪ブログ

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高山式部源宗東の描く妖怪の世界

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『死神』という落語がある。

金に窮した男が首を縊ろうとしていると、ふと汚いジイサマがあらわれた。

「お前はまだ死ぬ運命じゃあない」

このジイサマ、実は死神だった。

「金に困っているなら、いいことを教えてやろう」

病人の床には大抵死神がいる。もし死神が足元にいたら、これこれの呪文を唱えろ。そうすれば死神は消え、病人は快復する。だから、お前医者になれ、というのだ。

「ただし、枕元に死神がいたらこれはダメだ。諦めろ」と、死神は言い置いて消えた。

男は医者になって儲けるが、やがて金を使い果たしてしまう。そんな時「本の少しでも病人の命を永らえさせてくれたら千両払う」という夢のような話が舞い込んでくる。ところが往診すると死神はしっかりと枕元にいた。そこで……。




いかにも江戸風情に溢れたこの『死神』はしかし、明治期に活躍した三遊亭圓朝が、グリム童話などの西洋の物語から着想を得て翻案した「外来モノ」であった。

そもそも日本の死神は、人を自殺にいざなう、神とは名ばかりの悪霊のような存在。


第12話



「矢鱈と首を縊りたがるので押しとどめていると、近所で別に首縊りが出た。すると、死にたがっていた男は憑き物が落ちたように元に戻った。きっと死神の仕業に違いない(『反古のうらがき』)」――というような怪談は、江戸時代にもあった。


ところが、現代人がイメージする官吏のような「冥府からのお迎え役」の死神は、実は西洋起源の舶来物なのである。

死を不浄と嫌った日本の神祇崇拝では、冥界の神様あっても、死そのものを司る神様はいなかったのだ。そんなわけで、八百万神の中に死神はいない。

ちなみに三遊亭圓朝は翻案の名人で、彼が作った傑作と名高い落語『名人長地二』はモーパッサンの『親殺し』が原話。同じく、日本怪談史上に残る『牡丹燈籠』は中国明代の小説集から材をとって拵えている。

洋の東西を問わず、換骨奪胎はお手の物……だったというわけである。





髙山式部源宗東 識

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