郷 土 芸 能 「 大 藪 お ど り 」
彦根市大藪公民館
彦根三十五万石のお城の南麓。琵琶湖の岸べ、一歩浜にでると一碧百
里のさざなみに絵のような多景島が目の前に浮び、うす霞のかなたには
竹生島が夢のように望まれる。
ここ彦根市大藪町は、ただ景勝の地ばかりではなく、右に犬上川、左に
芹川を控えた豊かな肥沃の田畑に恵まれている風雅な景色に清められ、
豊漁の幸に培われた大藪庶民の情緒さながらに、天真らんまんな「大藪踊」
の生まれたのは極めて自然なことである。
「大藪踊」の起源は、今ははつきりとわからぬところに却つて古い伝統
がしのばれる。早くも徳川前期から唯一の郷土芸能として庶民の心を和
やかに、一つに結び、慚時発達して近郷近在に異彩を放つていたことは
確かである。それが明治時代になつて、更に歌詞や曲譜や振り付けが今
の形に整備され、年々の祭、農事の中間休暇、お盆などの娯楽、慰安の
慣行行事となり、歌い、踊られていた。ところが、明治に末年頃から、
他の一般の古い慣習と同様、新しい流行に押され次第に世間から忘れ
られるようになつたが、最近またまた復興の兆しが強く、再び郷土民謡界
の寵児として脚光を浴びてくる事になつた。
(1952年 元彦根市立図書館長 西田集平氏記)
盛んなときは、お盆がくると10日も半月も毎夜老若男女がお寺の境
内に集まつて踊りあかしたといわれている。踊りの種類も十幾種あつた
ようだが、現在まで受け継がれている数は少ない。音頭の文句も二、三
口伝えに残つているだけである。
「大藪踊り」の歴史を少しでも探求するとともに、いつまでも郷土
芸能として、後世に伝えていかなければならないと思う。