モーツアルトの死因は「リューマチ性炎症熱」であったと考えられていますが、毒殺説の風評も完全に消えているわけではなさそうです。まぁ、こちらの方がゴシップ性がありますからね(笑)。

 モーツアルト自身も「毒を盛られている」と手紙に残しているそうです。それによると、「私を嫉妬する敵がポーク・カツレツに毒を入れた」のだとか。

 ウィーンの新聞(ゴシップ紙じゃないのかなぁ‥)は「モーツアルトは毒殺されたのではないか?」と報道し、続いてウィーンの街に「音楽上の対立・論争からサリエリが毒殺した」という噂が流れたのだそうです。

 そのせいでサリエリは重度のうつ病になって自殺を図り、一命は取り留めたものの、死ぬまでこの噂に悩まされ続けたそうです。ただ、友人のピアニストには「自分はモーツァルトの暗殺者ではない」とはっきりと言明したそうですから、サリエリも被害者にすぎなかった‥といえるかもしれません。

 何にせよ、モーツアルトとサリエリの因縁は浅からず‥だったのは間違いありません。

 ところでモーツアルトの最後の作品は『レクイエム』(死者のためのミサ曲)ですが、借金で首が回らず、生活のために作曲をしていたモーツアルトにしては出来すぎだと思いませんか?

 実はここには摩訶不思議なエピソードが残されています。

 モーツアルトの死の3か月前のある日、見知らぬ男性が彼を訪ねて来て、匿名の依頼主からのレクイエムの作曲を依頼し、高額な報酬の一部を前払いして帰って行きました。

 当時モーツアルトはオペラの作曲(高額商品!笑)依頼に追われていましたから、そちらの片がついてからレクイエムの作曲にとりかかったのですが、この頃から体調を崩しがちとなり、次第にベッドから起き上がれなくなり、ついには作品が未完のままこの世を去ってしまうのです。

 このミステリーは「彼は死の世界からの使者の依頼で自らのためにレクイエムを作曲していたのだ」という伝説となり、長年天才の夭折に彩り(?)を添えてきました。

 でも、20世紀半ばになって匿名の依頼主(田舎の領主)とその使者の名が明らかとなり、若くして亡くなった妻のための作曲依頼であったことも判明したのした。

 …それでも、私自身は「偶然にしては出来過ぎだよねぇ」と思うのですが。

 いずれ、大半が未完のまま残されたこの『レクイエム』は、妻コンスタンツェの強い希望により(経済的逼迫のためね!)弟子のジュスマイヤー他によって補筆され、めでたくこの世に出た(依頼主の手に渡り、残りの作曲料が支払われた)のでした(笑)。

 そしてこのモーツアルトの『レクイエム』は、現代においても3大レクイエムのひとつとして名を残しつづけているのです…。

                                    Buona Fortuna!

W.A.モーツアルト作曲(補筆あり)『レクイエム』より第8曲『涙の日≪ラクリモサ≫』
https://www.youtube.com/watch?v=P6riJuxfPIY
…美しいでしょう?