おばさまの昔話を聞いて、バスチアンの手がとまります。胸がどきどきと鼓動を打ち、果物を持つ手に力が入ります。

 「わたし、変わる家にくるのを長いこと待っていたそのぼうやがなんて名前か、いうのを忘れていたわね。ファンタージエンではたいてい、救い主って呼んでいたわ。‥大いなる知者とか、君主さまと呼ぶのもいたけれど、そのぼうやのほんとうの名前は、バスチアン・バタザール・ブックスだったの。」そういっておばさまはにこにことバスチアンをみつめたのでした。

 何度もつばを飲みこんで、小声でようやくバスチアンは「それ、ぼくの名前です。」と答えたのでしたが、予想に反しておばさまは「ほらごらんなさい!」と嬉しそうに言い、帽子や服についていた蕾がいっせいに花開くのでした。

 「だけど、百年なんて‥ぼくそんなに長くファンタージエンにいるわけないけど。」とバスチアン。

 「あら、ほんとうはわたしたち、もっともっと長い間、ぼうやを待っていたのよ。わたしのおばあさまも、おばあさまのおばあさまも、あなたを待っていたの。ね、いいこと?今あなたにおはなしした物語は、新しくて、それでいて大昔のできごとなのよ。…そうそう、わたしの名前をまだいってなかったわね。わたしは、アイゥオーラおばさまっていうの。」

 バスチアンはこの旅が始まった頃のことを回想し、確かにあれから100年もたったような感じがするなぁ‥と考えつつ、再び果物を食べ始めます。そして新しいのを一口食べるたびに、今食べているのが一番おいしいように思うのでした。

 鉢の中に果物が残り1個となった時、バスチアンのちょっと心配そうな表情を見て、おばさまは自分の帽子や服から実をもいで、再び鉢をいっぱいにしてくれました。「この果物、おばさまの帽子になるの?」とバスチアンが驚いて尋ねると、「帽子ですって?ああ、そう、あなたったら、この頭の上にあるのが帽子だと思ったのね。そうじゃないのよ、ぼうや。これはみんなわたしから生えているの。ぼうやの髪の毛とおなじよ。ほら見てごらんなさい、やっとぼうやが来てくれたので、わたしうれしくって、花盛りになったでしょ。悲しいと、みんな枯れてしまうのよ。」と朗らかに、笑いながらおばさまは言うのでした…。

                                    Buona Fortuna!
引用、参考は前回に同じ