Coffee break 3:Lemon bars 

<Side Kaori>

朝、リョウにキスされた所が疼く

背中と胸に、直接付けられた跡
軽く触れられることはあったけど、直接唇で
触れられるなんて、初めてのことで

朝から動悸が止まらない
平静を装うのに、必死な私だった

もう!仕事中だって言うのに!

ぷんすか怒りながら、家事に集中した
そうしないと、にやけてしまいそうなの

だって、死ぬ程恥ずかしかったけど、
抱き締められて、嬉しかったから

胸元に甘えるように顔を埋めるリョウを見て
恥ずかしかったけど、幸せを感じたから

愛おしい、と言う気持ちは、こう言う事なん
だ、と知ったの
恥ずかしかったから、リョウに悪態ついちゃ
ったけど

ふるふる、と頭を振って、作業に戻る私

屋上に出て、晴れた空の下に洗濯物を干し
客間以外の場所を、掃除して歩く
リョウは、地下で作業中

リョウが言う通り、東堂さんは悪酔いした
らしく、客間からはウンウン唸り声がする

「おはようございます」

爽やかな笑顔で起きて来た瑛里華さん
ラフな格好だけど、様になってて、素っぴん
でも、十分キレイなひと

リョウじゃなくても、メロメロだわ

「今日は、キッチン、少し借りて良いです
か?昨日のtuffyの御礼がしたくて」

向こうにいた時、友達のお母さんに教えて
もらったの、と言って、手際良く作ってくれ
た、レモンたっぷりのケーキ

「Lemon Bars とか、Lemon Square とか
色々言われるんだけど」

お砂糖の量は調整したけど、材料と作り方
はそのままよ、と言って教えてくれた

爽やかな酸味が美味しいし、レモンイエロー
の色合いもキレイだ

「瑛里華さん、コレ最高!」

淹れてくれた紅茶も香り高く、優雅な時間
瑛里華さんのスーツケースには、常に食材
も入っているらしい

「フルーツとか、ちゃんと食べた方が化粧
のノリが違うのよねぇ」

運動をしながら、身体に良いものを食べる
コレ、私の基本、と笑う

あぁ、この人、しなやかな強さがあって、
さっぱりとした性格も、良いな、と思う
きっと、いずれは主役を演じる女優さんに
なるだろう

女同士、くだらない話に盛り上がってると
ノロノロと、東堂さんが部屋から這い出で
来て、浴室へと消えて行った

「はぁ~い!香!」

リョウと一緒に、ミックが現れた
2人がかりで、瑛里華さんに迫り、大はしゃ
ぎを始めた

とりあえず、ハンマーとこんぺいとうで成敗
して、2人にコーヒーと、瑛里華さんが作っ
てくれた Lemon Bars を出した

「へえ、懐かしいな」

ミックはそう言って、これ、母国にいる頃に
食べたんだよね、と笑った
瑛里華さんが言う通り、米国の家庭で伝わる
お菓子らしい

「家庭によって、形状も、棒状だったり、
四角だったり、三角だったりするし、この下
のクラスト生地が、上にもかかってたりね、
違いがあるんだよ」

なぁ、リョウ?と言うミック

「あぁ、っつーか、コーヒーショップとか
ダイナーには良く置いてあったし、珍しい
もんじゃねーと思ってたけど、確かに、日本
ではあんまり、見たことはねーな」

珍しく、リョウも口にしていた

4人でリビングで寛いでいると、這うように
して東堂さんが顔を出した

「おっ、おはようございます」

ミックとリョウを見て、引き攣った笑いを
浮かべる東堂さん
昨夜は、よっぽど怖い目を見たんだろうな

逃げ出そうとした東堂さんを、リョウは2人
がかりで両脇からがっつり抑えこむと、さ
出かけようぜ~!と連れ出してしまった

その直後の事だった

私が仕掛けたトラップが、反応した

突然の警報音に怯える瑛里華さんを宥めて
私はさらにトラップを仕掛けて、秘密の脱出
ルートから、逃げ出し、私の愛車でアパート
から脱出した

海坊主さんにSOSを出して、いつも特訓に使
わせて貰っている山荘を借りる事を報せてお
いた

「リョウが居ない時でも、自力で逃げ出せ
その時は、好きに使っていい」

そう言う時の暗号や、連絡手段を決めてあ
ったのだ

海坊主さんに教わった特訓が、試される時
が来たらしい

車を走らせ、追っ手が来ない事を確認して
山荘へと向かった

「ここは?」

「知り合いの別荘と言うか、作業場?かな」

窓を開けて換気をして、室内を軽く掃除した
私を、瑛里華さんも手伝ってくれた

「香さん、大丈夫?」

「美樹さん!」

食事や着替えを抱えて、駆け付けてくれた

「ファルコン、仕事で出かけちゃったの」

お店をかすみちゃんに任せて来てくれたと
言うのだ

美樹さんに瑛里華さんの相手を頼んで、私は
手近なもので、山荘近くにトラップを仕掛け
て回った

リョウは、今日、多分襲撃があると思うから
外出は控えて、いつでも逃げられるようにし
ておけよ、と言ってた

ここまでは、予定通りだ
ここからは、油断出来ない

リョウが来るまでは、耐えなくちゃ
美樹さんだって、漸くケガから回復したばか
りだし、迷惑はかけられない

眠れない、長い夜が始まった

[newpage]

<Side Ryo・1>

首尾良く東堂を瑛里華ちゃんから引き離し、
今日も潰しにかかるオレとミック

店側も、グルになってるので、東堂には倍
以上の濃度の酒が振舞われている

案の定、今日は1件目で潰れそうな勢い

そうはさせるか、と、ミックと2人、東堂を
ぶんぶん振り回しながら歩いていると、突然
黒服の見慣れない男達に囲まれた

漸くお目見えか

東堂を勢いよく奴らに投げつけて、オレと
ミックは素手や蹴りで潰して行く

「リョウ~!オレのリハビリにしてはちょい
とハードじゃん?」

「ん~?そうか?このくらい、朝飯前だろ
ってか、おやつくらい?」

飛び道具の使い方一つ知らないど素人
だった
そのくせ、持ってるものは、プロ仕様
まったく、コイツらのボスはロクでもない
奴だって、すぐにバレてしまう

3分もしない間に、残り3名まで減らした

「で?何で瑛里華ちゃん、脅迫してんの?」

何のことだ、とシラを切る東堂の頭に、倒し
た奴の靴を蹴飛ばして当てた

「オマエの悪事なんざ、とーっくに調べは
ついてるぜ?」

ミックが東堂に投げつけた資料には、営業
時代の脅迫事件から、マネージャーに転職
してからの暴行脅迫事件やら、何やら、山
のように連ねた悪事が並んでいる

「それ、燃やしてもムダ
もう、オマエの会社にはそれ、出回ってる
し、警察ももう来るからなぁ」

口惜しそうな顔をした東堂は、ニヤリと笑う

「あんた達が腕が立つ事は、判ってたから
精鋭は、全部、あんたの女と瑛里華の方に
放ってある」

今頃、どうなってるかな
捕まえ次第、好きにやっちゃっていいって
言ってあるからな、と

「何で、自分が付いたタレントや女優をダメ
にするんだ?」

ミックは、間合いを計算しながら、ちゃんと
取材活動を忘れない

「もっと稼がせてやるって、オレが一生懸命
営業してやったのに、逃げやがったんだ」

女優やタレント、モデルなんかとおいしい
思いをしたいと言う、エロい成金親父達は
多いのだ

普通に稼ぐよりも何倍も稼げるものだから
そっちの営業に力を注ぐ人達も多い魑魅
魍魎の世界

恐らく、東堂は、最初からダークサイドの
才能があったのだ
その美味しさから、逃れられなくなったと
言うところだろな

「瑛里華は今迄で一番高値がついてる
これからだって言うのに」

ちくしょう、と言う口は利けないようにして
やった
男として、再起不能な状態にしてやって、
たくさんの犯罪の証拠もつけて、冴子に
プレゼントしてやる事に

「こんなにたくさん、いらないわよ」

山積みになった黒服達と、東堂に、冴子は
喜ぶどころか文句たらたら

オレとミックは、香と瑛里華ちゃんを救出
するために、香の発信機を頼りに探しに行
こうと車に乗り込もうとすると、でかい巨体
が現れた

乗れ、と言うジープにミック共々乗り込んだ

「香は依頼人と一緒に、アパートからもう
とっくに逃げ出してる」

香は、ちゃんと言った通り、警戒していて
予定通り脱出出来た様子

美樹ちゃんが念の為、先に香の元へと行って
くれたと聞いて、オレは少し安心した

先程、東堂は言っていた
オレらに放たれた黒服はぺーぺー
精鋭は全部、香達に向けて放ったと

美樹ちゃんも、結婚式の時のケガが治り、
漸く復帰したばかりだし、後は香の機転に
賭けるしかない

オレ達が到着するまで、頑張れ、と祈るしか
出来ないけれど、現在の香なら、きっと
乗り切れる、と言う確信があった

香だってばかじゃない

とらわれて、縄抜けするなんて朝飯前
トラップの技術は、海坊主直伝で、オレより
腕がいいくらい

それ以外にも、合気道と空手の道場に通って
いて、既に有段者だったりする

こちらは、オレとしては悩ましい限り

依頼人がたまたまその道場の関係者で、
ハンマー振り回す香に目を付けて、是非、
うちの道場を継いでくれ、と大騒ぎになり
大変だったんだ

結局、香は無料で教えてもらいに通い、時々
炊き出しをして、お礼をすると言う、訳の
わからん付き合いが続いている

ま、相手がじいさんだったから許している
ようなもので、最近、その道場に若い男性が
殺到していると情報屋から聞いて、そろそろ
止めさせなきゃ、と思ってるくらいだ

銃の腕前は、オレは未だに一切教えていない

その代わり、美樹ちゃんと海坊主、時々は
ミックが指導している様子

どうしても、香には撃たせたく無いのだ
それが、オレのエゴだと言われても

いつか、撃たなくちゃいけないような状況
になった時、香が自分の命を護れるよう
にと、銃のトレーニングは黙認している

いつまでも、穢れず生きて行けるほど、甘い
世界では無い事くらい、嫌と言うほど身に
沁みて判っている

それでも、最後の手段としたい
そう願ってしまう自分が居た

「おー!やるじゃん、香」

海坊主の山荘近くに、あちこちに、縄に
かかった黒服達が、吊るされていた
おそらく、香のトラップにかかった奴らだ

山荘近くに行けば行くほど、増える黒服の
山に、一体、東堂の従えてた下っ端は何人
いるんだよ、と思う

「こりゃ、冴子に、トラック持って来いっ
て言わないとダメだな」

山荘に辿り着くと、香が丁度、最後の黒服
を縛り上げているところだった

「あ、リョウ!早かったね」

ミックも、海坊主さんも、と笑う香
服はあちこち破れて、血も滲んでいるけど
元気にニコニコしてやがる

美樹ちゃんと瑛里華ちゃんは、無事だった
香が、シェルターに2人を押し込み、隠して
しまったらしい

「まったく、無茶しやがって」

くしゃり、と頭を撫でると、嬉しそうな顔
をした

「さーて、帰りますか」

みんなで後片付けをして、黒服の山は、持っ
ていた武器を付けて、銃刀法違反、凶器準備
なんちゃらでみーんな仲良く逮捕してもらえ
るように、トラックで運んでもらった

瑛里華ちゃんは、これで安心して仕事が出来
ると喜んでいた

[newpage]

<Side Ryo・2>

事件後、瑛里華ちゃんには、新しいマネー
ジャーが付いて、活動再開の見通しが立った

「NYに戻ります」

そう決断した彼女には、大作の主演話が転が
り込んだのだ

日本を出発する前日、香は盛大な壮行会を
Cat'sで開いた
瑛里華ちゃんの新しい女性マネージャーは
小さな愛らしい女の子を抱いて現れた
その後ろからは、背が高い、ハンサムな男
も付いて

瑛里華ちゃんは、亡霊でも見たかのような
顔をした

「恭一郎さん、蓮!」

香が、執念で捜し当てたのだ
羽純と言う名前に特徴があるので、調べる
のは簡単だった、と

まぁ、冴子や北尾を使って調べ、ミックも
手を貸したみたいだけどな

瑛里華ちゃんの恋人は、瑛里華ちゃんと
結婚したい、と思っていたものの、実家の
反対を受け、少ない仕送りも完全に止めら
れて、留学生活を継続することは叶わなく
なったと言う

「だから、まずは自分がちゃんと稼げるよ
うにならなくちゃ、と、知り合いの伝手を
頼って、旅行代理店の手伝いで、世界を
飛び回ってました」

漸く、小さな代理店をこの春に立ち上げて
やっと軌道に乗せたので、瑛里華ちゃんを
捜していたと言う

「蓮」

瑛里華ちゃんがそう呼んで抱き上げた可愛
い子の存在は、シスターの友人が報せてく
れたと言う

凛々しい瞳は、父親に
端正な顔立ちは、母親に似た、将来有望な
女の子だ

遅れてCat'sに現れた、羽純弦一郎は、彼の
父親で、音信普通だった息子を捜していて、
偶然、自分が反対した相手が女優だと言う事
と、どうやら子供が居るらしいと知り、捜し
ていたと言う

「すまなかった」

羽純弦一郎は、そう言って、頭を下げた

代々、羽純家は、結婚相手は幼い頃に許嫁が
存在するような家柄で、恭一郎氏にも、当然
幼なじみの許嫁が居たと言い、彼女の手前、
はい、そうですか、とは言えなかった、と
苦笑した

その彼女は、これ以上待てませんと言って
先日、別の人と正式に結婚して、嫁に行った
と言い、これでもう障害は無いと言う

2人は急遽、結婚して、旅立つことに

可愛らしい一人娘は、彼が仕事をしながら
育てると約束して、一家で渡米して行った

「良かったね、瑛里華さん」

「そうだな、これでまた一層、飛躍する
だろーな」

ミックが、独占インタビュー記事を書き、
彼女の結婚と子供の存在を書いたのだ

それがきっかけで、彼女の元には、新しい
仕事が舞い込んだと連絡があった

今回の報酬は、彼女の事務所からたっぷり
支払われ、冴羽商事は、久しぶりに潤った

案の定、香が各方面にツケを支払いに周り、
夜の蝶達が香相手に大喜びして、大変な騒ぎ
になった

不夜城新宿

眠らない街の住人達は、お節介が多過ぎる

みんな、最近、香が変わり始めたことを、
敏感に察知して、オレと香がそろそろなん
じゃ無いかと、密かに賭けが始まったこと

オレが知らねーと思ってやがる
ふんっ
興味津々って瞳を見てれば判るっつーの

ま、6年以上もグズグズしてたオレが悪いん
だけどな

ひとり、槇ちゃんが眠る場所を訪れた

好きだった酒を供え、タバコを燻らす

槇ちゃん、すまん
香、表に返すことが出来なくなっちまった

初めて出逢った頃の、シュガーボーイだった
頃の香
まぁ、あの頃から現在の片鱗はあったけど

すっげーもっこりちゃんに成長したぜ?
相変わらずのど天然娘だけどな
匂い立つようないいオンナになった
大輪の花を咲かせ始まったんだ

槇ちゃん、見たらきっと喜んだはず
この間、冴子もそう言ってた

生命ある限り
生命を終えてもなお
必ず、全力で護るから

香はオレが貰うぜ?
それで、いいよな?

ま、槇ちゃんが反対しても、掻っ攫うけど

応えるように、突然の旋風

オレのポケットには、メビウスの輪のように
捻れた銀色のリングが2つ
艶消し加工を施してある、シンプルなもの

不夜城の住人達のご期待に添えるよう
今夜、香を連れ去る準備は整った

「じゃ、槇ちゃん、またな
今度は、これ付けて、2人で来るから」

静かに眠り、応えない友の元を去り、オレは
ひとり歩き始める

帰りを待つ愛しいオンナの元へと


Fin. (え?)