★2015年 遠山の日に寄せて

世間一般の恋人達は、いったいどれ
程の修羅場を潜り抜け、互いを手に
入れたんやろ

目の前を通り過ぎて行く、たくさん
の幸せそうな2人を見ていた

大好きな幼なじみは、いつしか私と
の約束の時だけ、約束を守れん男に
なった

遅刻は当たり前、来ないこともある

連絡して、怒ったら、逆ギレされた
ことやって、数知れず

幼なじみが何より大好きなんは、

事件と東京の工藤くん

いつでも会える、まとわりつく私など
平次にとってはどうでもええ存在や

わかっているのに、懲りずに約束を
する私

わかっているのに、果たせない約束
を繰り返す平次

いつまでたってもすれ違うことすら
無い平行線やね

もう少ししたら、私やってここには
居らんようになるのにな

雑踏の中、半ば意地になって待ち続
けてみた

今日、会えんかったら、もう止めよ

そう決めて、約束の時間から半日、
連絡も入れずに待った

ドラマのようなことは起きん
予想通り、平次からは何の連絡も無
いし、現れもせんかった

もう、待たない

ばいばい、平次


…あぁ、これ、留学を決めた頃の私
やね、とぼんやり思う


2年前、私を置いて平次は帰国した

無事、国家試験も合格して、現在は
エリート街道まっしぐら
念願の刑事になって、晃くんとええ
コンビで仕事に邁進しとるらしい

2か月後、私と平次は25歳になる

哀ちゃんが産んだ、みんなで育てた
結季ちゃんも、間も無く5歳になり、
平次が知らない妹の愛季(あき)ちゃん
も、夏には2歳を迎える

青子ちゃんは、デザイナーチームの
正式メンバーとなり、自分の名を掲
げたラインも好評で、忙しい日々

黒羽くんは、誰よりも先に夢を実現
させた

父親を超える世界的なマジシャンに
なったのだ
忙しい青子ちゃんとも、相変わらず
仲良しや

米国での生活を送る工藤くんと蘭
ちゃんは、工藤くんの20歳の誕生日
に結婚した

子供はまだやけど、工藤くん以上に
多忙な蘭ちゃんを、工藤くんはよう
支え、2人はええ夫婦になった

翠は夢を叶え、医師になり、晃くん
とは現在別居中

仲良しなんやけど、翠の勤務先の都合
で、あと1年は別居せざるを得ない
ねんって

平次が帰国してから、ろくに連絡も取
れず、逢えたんも、年に片手くらいで
そのうち半分は、途中で仕事に行かな
アカン状況
もはや夫婦どころか、恋人よりももっ
と遠い関係になりつつあった

研究者としての生活は、満足している
けれど、さすがにこのままやったら
アカンやろ、と、私はある決断をする
ために一時帰国した

転職と言うか、新しい研究室への誘い
を受けたのだ

2年間、私は定期的に帰国して、平次
が暮らすマンションに帰ってはあれこ
れ世話をしていたし、事前にちゃんと
帰ることも連絡した

でも、返事はろくに来ず、顔も見れな
いまま帰るのがほとんどで、迎えも
見送りも何もない

忙しなく抱かれて、忙しなくごはんを
食べさせ、置き去りにされるのだ

わかっとるよ、こうなること、平次は
事前に何度も繰り返し言うてたし

2人でまた暮らすために、死にもの
狂いで働かないとアカンから、2年は
ガマンしてや、と

約束の期限はとっくに過ぎた

でも、平次からは何の連絡もない

だから、自分から動いた

まだ、待たないとアカンのか、覚悟を
決めないとアカンと思って

マンションに帰ろうと、スーツケース
を転がしながら歩く
おばちゃんには、後から寄ると伝えた

マンションから、懐かしい平次が飛び
出して来た

嬉しくて、手を振ろうとした私より先
に、平次に気がついて手を振ったひと

キレイな茶色の髪を、高い位置で
ポニテに結ったキレイな女のひとや

私は、動けないままで立ち尽くした

だって、最近は見せくれない底抜けに
明るい笑顔で、片手を上げて、その
ひとに駆け寄ったから

仲良う2人で私に背を向け歩いて行く

どんどん遠ざかる背中に、怖くて、
声も出んかった

だって、平次の指には何にもはまって
なかったから

ずっとあったはずの指輪がないよ?
平次

怖くて私はマンションに入れんかった
けど、服部家には行かない訳には行か
ない

震える手で、携帯を操作して、明日、
顔合わせやったんを断り、急ぎ英国
に戻る便を予約した

服部家に着く前に、何度も笑顔の
練習して、覚悟を決めた

「ごめんな、急用で戻らなアカンの
これ、お土産や、それじゃあ、また」

引き止めるおばちゃんに、またすぐ来
るから、と言うて、私はタクシーで
逃げるように空港に戻り、すぐに東京
に戻る

東京から英国に戻る便を待つ間、もの
凄い量の着信と、帰って来なさいと
言うおばちゃんからのメッセージが
あったけど、平次からは何の音沙汰も
なかった

「和葉ちゃん?何があったん?ええか
ら、ちゃんと話しなさい」

「何もないよ、お母ちゃん
ごめんな、ダメな勝手ばっかしとる嫁
で、ホンマに、ごめん」

「平次には会ったん?」

「ううん、ええの、もう 平次の仕事
の邪魔したらアカンし」

「は?何言うとんの、今日は和葉
ちゃん迎えに行って驚かそって言うて
たんやで?」

「ごめんな、もう時間やから」

和葉ちゃん、とおばちゃんが叫ぶ声が
したんやけど、泣きそうになるから
電源を切った

英国に帰り、住み慣れたアパートに帰
りついてから、久しぶりにひとりで
大泣きした

平次を日本に送り出した時、ある程度
覚悟していたつもりやった

お互いの夢を叶えるため、決断したの
は、私も同じや

でも、時々会う時の平次は、いつも苦
しそうで、笑っていても、無理をして
いるのはわかっていた

一生懸命、受け止めたつもりだ
それこそ、全身で

縋りつく平次を、自分に出来るありっ
たけの愛情で、抱きしめたのに

側に居てやれんで、ごめんなって

私の気持ちは、届かなかったんやね

いつものように定位置に抱き寄せて
くれたんも、私に合わせてくれただ
けやったんや

結婚して7年が過ぎようとしとる

平次には、笑っていて欲しい

その気持ちに嘘はないし、今でも
ホンマに、そう思っとる

でも、私と居る時の平次は、この1年
はとくに、いつも苦しそうやった

数少ない顔を合わせる日やと言うのに
何で笑ってもらえんのか、淋しくて、
笑わせられへん自分が嫌になって、
帰りはいつもひとりで泣いた

私には、刑事の平次を支えることは
出来ないのだろうか

泣き疲れた私は、部屋を掃除した

平次は英国を去る時、自分のものは
何一つ残さなかった
日本で、2人で暮らすためのあのマン
ションで待っとるから、と言うて

長距離の移動を短期間でしたせいか、
私の脚も肩も悲鳴をあげていた

あの事件からずいぶん経ったけど、
今でも私は時々あの痛みに襲われる

骨折だけでは済まなかった脚のケガ

痛めてしまった箇所は、これ以上の
回復は見込めなかったのだ

傷跡は目立たないからまだよかった

これが目立っていたら、みんなが
自分を責めるから

無理さえしなければ、普通に軽い運動
も出来るし、日常生活に支障はない
から、痛みを自分がガマンすれば、
気付かれる事もない

熱を帯びて少し腫れ始まった脚を、
丁寧に自分でマッサージする

携帯がずっと震えていたけれど、自分
の脚で立てないのは問題だから、自分
のケアに集中した

ソファに横になって、携帯を見た

「どこに居るんや」

英国の自分の家やな

「何しとんねん」

疲れたから、マッサージしとるの

「和葉、何かあったん?」

私が聞きたいわ

「待っとるから、早う帰り」

どこへ帰ればええか、教えてや

ひとことメールはここまで
留守電には、怒る平次の声

「オマエのために、みんな集まったん
に、肝心のオマエはどこに居るんや?
オレ、マジで忙しいねん、つまらん事
で時間、取ってる場合やないんや!
さっさと帰って来い、ええな!」

自分が見た事を、どう伝えたらええの
かわからんかった

怖かったんや、オマエなんもう要らん
でって、言われたらどないしよって

こっちのラボは、既に退職届を出した
英国を近々去ることも友達にも知らせ
てあった

部屋も、半分荷造りしてある

中途半端な部屋は、中途半端な私と
同じで、淋しさだけが部屋を埋め尽く
していた