▪️22:00 loving you / side Heiji 

ガタン、と言う物音に気が付いて
慌てて目を覚ましたオレ

寝室へ駆けこむと、ベッドから落ちた
和葉が床に転けていた

「大丈夫か?和葉」

抱え上げベッドに横にすると、かなり
顔色が悪いのが判った
大丈夫、ゴメン、と小さい声で言う
けれど、どこも大丈夫では無いやろ
と思った

窓の外は大雨、どんよりした曇り空

「痛むんか?」

毛布を頭から被ったままの和葉は
うん、と頷いた
しんどくても、うん、言わない和葉
たぶん相当しんどいんやろう

ベッドに入って、いつもの定位置まで
しっかり抱き寄せた

毛布を被ったままの和葉の首肩や
背中、腕をゆっくりさすってやり
ながら、ゴメン、と言った

首を横に振った和葉を、ぎゅっと
抱いて、それでもゴメン、と謝った

「信じてへん訳やないよ?久しぶり
でな、淋しかっただけやねん」

「ん、わかっとる」

「忙しいの、判っとるし、これくら
いで泣いとったら、仕事するように
なったらもっと大変やって判っとる
けど」

「ん」

「でもなぁ、それでも…」

「和葉?」

返事の代わりに寝息が聞こえて来た
毛布を捲ると、苦しそうに眠る姿

ベッドの真ん中に寝かせ、昨夜置い
たゆたんぽを回収し、加湿器をセット
して、オレはそっと部屋を出る

今日の講義はパスすると連絡して、
和葉の友達にも、和葉が具合が悪い
から今日は休ませると連絡を入れた

さぼりまくっていた家事をしよ、と
掃除に洗濯に、と動き回る

オレはさぼっても、和葉がちゃんと
してくれとったから、キレイな物
やった

冷蔵庫をチェックして、足らんもの
を携帯にメモし、生活費の入った
財布を持って、オレは家を出た

スーパーに行って、帰りに商店を
回ると、和葉はどうしたんだ、と
どこでも訊かれたオレ

具合が悪くて今日はお休みやと言う
と、風邪にはアレがええ、だのこれ
を食べさせておけだの、買った量の
軽く倍はおまけで貰うハメになった

買って来た荷物を片付けて、和葉が
付けとる家計簿に今日使った金額を
打ち込んでおく

オカンに連絡をして、あるものの
レシピを教えてもろうた

「アンタまた、和葉ちゃん困らせる
ような事、したとちゃうよね?」

離れていても、オカンはオカン
オレがアカン事したこと、ちゃーん
と、見抜いとった

寝室を覗くと、まだ青白い顔で和葉
は熟睡しとる

レシピ通りに作って、蒸しあげたも
のを冷蔵庫に冷やした

八百屋のおばあさんに言われた通り
の配分で、スムージーも作れるよう
セットもした

野菜をたくさんもろうたので、教え
てもらった通りに、ポトフも作り
終えて、火を消した事を確認して
寝室へと移動した

オレは眠る和葉の隣に寝そべって
最近サボり気味やった課題の下
準備やら、参考文献を読み漁った

一通り終えて、片付けをしていると
呼び鈴が鳴った

「あ、こんにちは!これ、おすそ
分けです」

休みを利用して、黒羽のショーを
見るため、ヨーロッパに行っていた
という彼女やった

夜の便で黒羽も戻って来ると言う

和葉が具合が悪くて休んどる、と
言うと、ちょっと待っててください
と言って家に戻り、戻って来た

「コレ、枕元にでも置いてあげて
ください」

「何やこれ?」

素焼きの石と小皿、アロマオイルの
小瓶やった

小皿に好きなオイルを垂らして、
置くだけでええ、火も水も要らんと
言う

「痛みも少し楽になることもあるん
ですよ?好みの香りを、1.2滴くらい
でいいと思います」

ちょうどこの間の看病の御礼に、と
可愛ええセットを見つけたのでお
土産にと選んでくれたらしい
真っ白いシンプルな小皿も、素焼き
の白い石もええ感じやった

「おおきに、試してみるな」

「はい、元気になったら、ご馳走
しますから」

元気良う帰って行った彼女から受け
とったそれを、試してみた

ベッドサイドの加湿器の傍に置いて
みると、柔らかな香りが広がる

「何かええ匂い」

ぼんやりと瞳を開いた和葉に、土産
でもろうた事を告げると、ふっと
笑った

「何やろ、ほっとする匂いやな」

「紅茶と、飴?キャラメル?も
もろうたで?」

掠れた声の和葉は艶っぽい
でも、今日はとてもやないけど手を
出したらアカン、と思う

そう言えばそろそろ、と思って和葉
に少しだけ何か食べれるか、訊いた

大丈夫そう、と言うので、オレの
厚手のパーカーを着せて、ソファへ
運び、毛布を掛けた

冷やしておいたスムージーの材料を
ミキサーにかけ、グラスを用意した
冷蔵庫に入れておいた方もちょうど
ええ感じに冷えたので、取り出した

「あ!プリンや!」

ガラガラ声でも嬉しそうな顔をする

「ご褒美の前にこっち、な」

スムージーは思ったより美味しか
ったし、和葉もちゃんと飲めた

八百屋のおばあちゃんのレシピや
言うと、あれ、買い物行ってくれ
たん?と笑った

プリンは本人は自分で食べる、と
言うたんやけど、食べさせた
まだ座っとるのもギリギリっぽか
ったからや

「うーん、美味しいなぁ…あれ、
これ、おばちゃんの味?」

「オカンに作り方訊いた」

「平次が作ってくれたん?」

「せや、オカンの味、他に誰が作
るんや?へいたや出来んやろ
わんこやし」

「美味しい、カラメルも上手に出来
とるなぁ」

我ながらうまく出来たと思う
半分こして食べていたけれど、
和葉がもう少し食べたい、と言う
ので、もうひとつも一緒に食べた

「平次」

「ん?」

「ありがとう」

「ん」

お礼代わりにキスを強請ってみた
仲直りもこめて、しっかりキスを
する

ゴメン、とありがとうのキスは
ほろ苦いカラメルの味がした

ベッドで課題に取り組む和葉と
音楽を聴いたり、じゃれたりしな
がら、その日を過ごしたオレ

ちゃんと家事をサボった分について
は、外で日本語しゃべった時の
ペナルティ貯金箱にそれ相応の
金額を投入した

「貯金箱、ほとんど平次やで?」

何に使おうか考えてへんかった
と笑う和葉は、その夜しっかり
ポトフもたいらげて、翌日には復活

「で?アンタがプリン作らなアカン
ほど、どんな悪さしたんや」

後日、オカンからダイレクトに連絡
があり、めちゃくちゃ叱られて、
一時帰国の時は覚悟しとけ、言われ
たんや

剣道場に行き、荒稽古を志願したの
は言うまでもない