▪️side Heiji :Step by step  21

和葉を連れて、大切なモノを持って、オレ
は久しぶりにあの人に逢いに出掛けた

途中の花屋で、あの人が好きやった
ガーベラの花束を買う

爽やかな春風が舞う中、早咲きの桜も
揺れていた

「お久しぶりです、おばちゃん」

KAZUMI TOYAMA

和葉の母親は、住み慣れた街ではなく、
愛した夫との思い出深い街に眠ることを
強く希望した
神戸にある、静かな墓地で眠っている

大学生の時、剣道の試合か何かで、この地
を訪れたらしい
お互い、想うところはあったけど、中々
上手く進まない関係が続いて、すれ違い
かけていたのを、オカン達が手を貸したと
聞いている

付き合うきっかけになったのも、
プロポーズされたのも、何故かこの土地や
ったとか

「私に幸せを運んでくれた街や」

その後も、何かと足を運んだと、日記には
書いてあった

和葉を妊娠したとわかった時も、嬉しくて
ひとりで訪ねたと

家庭の事情で、双方の実家からは交際
猛反対された2人
最後は危うく、強制的に他家へ嫁がされ
そうになったところを、オッチャンが
攫って駆け落ちしたと書いてあった

この街で、少しの間、2人で隠れるように
して暮らしたこともあるようだ

結局、和葉の母親は、実家を捨てて、
オッチャンを選び、オッチャンは、実家を
妹に譲り、全ての権利を放棄して、独立
したのだ

「出逢ってから、たった10年や」

困難を乗り越え、熱烈に愛し合った一緒に
過ごした時間
現在はもう、それを遥かに超える時が過ぎ

それでもなお、まだ胸の中ではずっと一緒
や、とオッチャンは笑う

府警の中でも特に優秀な刑事で、背も高く
ハンサムな男だから、当然ように
舞い込む再婚話は今でもある

和葉も、お父ちゃんがええようにして
言ったこともあるんや

それでも、揺らがなかった

おばちゃんは、自分がいなくなったら
新しく、また恋をして欲しいと、出来たら
再婚して欲しいと綴られていた日記

「アカンのや、何遍、そうしようと思って
もなぁ、アイツしか浮かばんのや…
アホやなぁ、オレも」

いつの日か、おばちゃんの命日が近い日、
親父と飲んでいたオッチャンが珍しく、
泥酔した
普段は酒豪な男なのに、と思ったのを記憶
していた

「平次はいつから知ってたん?」

「ん?」

「どんなに忙しくても、娘に会えなくても
命日にここにお父ちゃんが来ることを、や」

「3回忌の時やから、7歳?8歳?か」

学校で、ちょっとしたケンカをしたオレは
自分の中にあるイライラを持て余していた

学校を抜け出して、オレは逃げた

すぐに、仕事を片付けて、府警に戻る途中
のオッチャンに見つかったけどな

怒られる、と思った
でも、怒られなかった

「せや、付き合ってくれるか?」

そう言って連れてこられたのが、この場所

墓の前で、オッチャンは応えてはくれない
おばちゃんに話しかけていた

黙って隣に居たオレ

「おばちゃんには、学校抜け出した理由
ちゃんと、正直に話すんや」

ここでは、嘘はついたらアカン

そう言って、オッチャンは少し離れた
ベンチへ向かい、タバコを吸っていた

オレのケンカの理由

オッチャンには、ただのケンカやと言っ
たけど、それは嘘やった

警官の不祥事が続いていた時期で、和葉
の事が好きやったクラスメートが、和葉
がオレの後を追って、楽しそうに過ごし
ているのに腹を立てたのか、

親父やオッチャンの事を侮辱したのだ

それも、和葉には聞こえんようにして

狡猾なやり方に腹が立ち、自分の身内を
バカにされたのもあり、それが、自分が
目標とした背中やったから、我慢が出来
なかった

口惜しくて、おばちゃんに話しかけながら
涙が落ちた

オッチャンは何も言わなかった
泣いたのも、見ない振りをした

でも、ひとつだけ

「平ちゃん、焦ったら負けやで?
相手の挑発に乗ったらアカン
それは、相手と同じ、卑怯者になって
しまうからなぁ
何を言われても、その価値は、自分の
で見て、自分で確かめて判断するんや
ええな?」

そう言って、オレの頭を優しく撫でて、
手を繋いで一緒に帰ってくれた

帰り道は、安堵したのか、オレは爆睡
して、気が付いた時は、部屋やった

学校に置き忘れたランドセルも、ちゃんと
家にあった

オカン達は、何も言わなかった

「そうやったの」

お父ちゃんも、お母ちゃんもズルい
私の知らない平次を知っとるんやもん

ふふっと笑った和葉に、日記を渡す

これが、最後の秘密や

もう、オマエに隠してる事も、言えない事
も何も無い、嘘やないで、と告げて、大切
な日記がオレの手元にある経緯も話した

「ちゃんと、ひとりで全部読めや?
オレはもう、ちゃんと読んだ
これからは、オマエが持ってたら
ええと思う」

頷いた和葉に背を向けて、おばちゃん
向かいあう

「世の中には、他にもぎょうさん女がおる
のに、オレはアホやから、和葉しか浮かば
んかった
せやから、おばちゃん、和葉はオレが約束
通り、攫って行くで?ええな?」

日記を抱きしめて、立ちすくんでいる和葉
と向き合い、キスをした

神様よりも、確かな証人の前で誓う

健やかなる時も、病める時も、と

泣き出した和葉を抱きしめて、その華奢
な背中を、あやすようにたたいた

柔らかな春の陽射しの中、幸せな温もりを
分けあって、寄り添うオレ達の大事な指
には、揃いの指輪が光る

「いつか、これが結婚指輪になるとええ
ですね」

あの職人の声が蘇る

それが現実となるのが、予定よりも早まる
ことを、この時のオレ達はまだ知らない

2015/08/07    初稿
2015/11/05    加筆&改訂&改題