▪️side Heiji :Step by step  15
 
和葉が帰国するまであと数週間

試験期間も近づいている最中に、新たな
事件が起きた
連続通り魔事件で、ついに犠牲者が出た

たまたま府警に居たオレは、身元確認
訪れた男性と鉢合わせした

20代半ばのスーツ姿の男は、眠るよう
息を引き取った女の遺体を前に、ぼろぼろ
と涙を零した

声も上げず、静かに涙を落しながら、優し
い手つきで女の額にかかる髪を払い、その
頭を撫でて、頬を撫ぜた

身元確認に応じた後も、遺体の傍を離れ
ようとはせず
静かに名前を呼んで、起きてくれや、
語りかけていた

オレは何となくその場を離れられず、その
様子を見守った

「自分、今、何年生や?」

「高校2年です」

「そうか…奇遇やなぁ、オレとコイツ
逢たんも自分と同じ年頃やねん」

ふっと優しい笑顔でオレを見るけれど、
は零れ落ちるままやった

「昔から、コイツの事、ホンマに、好き
やった
でも、オレ、アホやから、いつもからかっ
てばっかりで
高校卒業してからも、中々言い出せんまま
でな、告白して、付き合うようになったの
たった、3ヶ月前やねん」

眠る女の頭を優しく撫でながら、話続けた

「ただの友達だった時も、恋人になれた
時も、コイツと居る時はホンマに嬉しかっ
たし楽しかった」

軽く笑みを浮かべながら、こたえてくれな
い恋人に、ただひたすら優しい瞳を向けて
いた

「自分、彼女おるんか?」

「…はい」

「そうか…それでええ 
ちゃんと大事にしてあげ?
それに、いつどうなるかなんて誰にも、
わからんのや
後悔せんように、精一杯、目一杯愛情、
注いであげたらええ」

そう言うと、ポケットから何かを取りだし
て、彼女の首にそっとかけた

華奢な、けど彼女によう似合うネックレス

「オレなりに、この3ヶ月、目一杯コイツ
と向き合った
まさかこんな形で別れる事になるなんて、
想像した事も無かったけど、コイツと出逢
った事、愛し合った事、ひとつも後悔して
へん
今までもこれからも、コイツはオレの女」

オレは何も言えなかった

「自分、高校生探偵の服部平次やろ?」

「…はい」

「コイツがなぁ、ファンでよう言ってたわ
大阪にも凄い探偵が居るんやねって…犯人
絶対、捕まえたってくれや」

「はい、必ず」

「彼女、大事にしてやれよ?絶対泣かせ
たら、アカンからな?頑張れよ、名探偵」

その後、遺体を引き取りに来た彼女の両親
と共にその男は去って行った

「一緒に帰ろうな」

優しいその声が、オレの耳に残された最期
の男の声になった

翌日、犯人は検挙出来たけれど、レは
その人に報告する事が出来んかった

彼女の葬儀の翌日、その男は自らこの世を
去ったから

彼女のお腹には男の子供がいた

子供がお腹に居た事は、当日判明した事
男も家族も誰もそれを知らなかったのだ

彼女自身、亡くなる数時間前にその事実を
知ったらしい

事件解決後、オレはひとりで2人が眠る
墓地へ出向いた

仲良う笑う2人の写真が飾ってあった

「彼女、大事にしてやれよ?
絶対泣かせたら、アカンからな?
頑張れよ、名探偵」

あの日の男の声が確かに聴こえた気がした

オレには何も出来なかった
口惜しさだけが残される事件だった

犯人を逮捕しても、事件が解決しても
やり切れなさだけが渦巻いて

ただひたすら、和葉に逢いたい
そう願う自分がいた

その気持ちを埋めるために、オレは
ひたすら勉強と剣道の稽古に没頭した

和葉に逢いたい、和葉に触れたい
声を聞きたい

あの男の声と、その想いに駆られて、オレ
は揺れていた

いっそ、英国まで行ってしまおうかと思う
程だった

2015/08/06    初稿
2015/11/03    加筆&改訂&改題