▪️side Heiji :Step by step  10
 
「お久しぶりね、西の名探偵さん」

待ち合わせの場所へ、颯爽とバイクで現れ
たのは、ライダースーツ姿の美女

「相変わらずの別嬪さんやな」

誰も、この美女に高校生の息子が居るなど
想像もしないだろう
そう、工藤のオカンや

「服部くんの彼女だって新ちゃんが言うから
優作さんと2人で張り切って会いに行って
来たわ」

ふふっといたずらっぽい笑顔を見せ、オレ
に封筒を投げた
中から出て来た冊子には、英国での和葉の
様子がしっかり映されていた
もちろん、盗撮ではない
和葉はちゃんと、カメラを見て笑っている

工藤のオカンは、迷子の観光客を装い和葉
と接触したと言う

「英会話は、全く問題無し!
変な癖もついてないし、キレイな発音だっ
たわよ?ちゃんと、外国人の友達にも
チェック、してもらったから」

軽くウインクしてそう教えてくれた

「優作さんはね、あえて変装無しで会わ
せたのよ」

その理由は簡単やった

何と、和葉は工藤のオカンの変装を一発で
見破ったらしい

「それもね、ちゃーんと案内してくれて、
別れ際にこそっと言うの」

「わざわざすみません、心配かけて
工藤くんにも、大丈夫やって言っておいて
ください」

小さい声でそう囁いて、和葉は立ち去った
と言う

「変装見破られたの、盗一さんと快斗くん
以来だわ」

不満そうな顔でそう言った

それはそうやろう
工藤のオカンは女優やし、変装術において
は、プロ以上の腕前や

「それを優作さんに言ったらね、面白い
お嬢さんだから、直接会いに行こうって」

そこで、工藤夫妻は和葉と直接、対面した
と言う

「良い子ね、和葉ちゃん
あれだけ可愛くて、良い子だったら
服部くん、大変でしょう?」

「…煩いし、面倒な女やで?」

それに、恐ろしい女やで?アイツは

何も出来ないと嘆きながら、周囲の予想の
斜め上を遥かに超えてゆく

それも、本人は、全くの無意識や
せやから、始末に負えないんやで~

「そんな事、全然思ってないクセに、よく
言うわね」

さらりとオレの発言をかわし、和葉と一緒
に過ごした日の事を教えてくれた

「優作さんがね、とっても気に入ってね、
あちこち連れ回して大変だったの」

オレは顔が引き攣るのを感じた

新作の出版記念パーティーやら
クルージングやら
人が集まるところへ連れ歩いたらしい
親戚の子、と言う事で

「黒髪の色白であの容姿よ?
それはもう、大変だったの
モデルにどう?とか、女優に興味は?とか
色々とね~」

当然、デートの申し込みもあったわと
軽く言われ、オレは完全にひいた

「大丈夫よ、ちゃんと全部、御断りしたし
何せ、左手に指輪、あったからね~もう
バッチリ♪」

一刻も早く、帰国させたい
今すぐ、渡英する理由を探して、自分の手
で連れ帰りたい、と思う

「大丈夫よ、和葉ちゃんはあれでも
しっかりしてるから」

ホンマかいな、と半目で見るオレに、苦笑
する工藤のオカン

「まぁ、いいから、この写真見て」

ステイ先の双子と、その母親が遊んでいる
モノクロの写真
子供も母親も、愛情に溢れた自然な笑顔で
柔らかな空気感が伝わる写真

「これ、撮影したの、和葉ちゃんよ」

「は?和葉が?」

高校に入り、オレがバイクの免許を取った
り、バイクを購入した頃、和葉は長年の
希望だった一眼レフを入手して、それを
手にようついて来た

その後も、カメラを手にひとりであちこち
出掛けてしまい、一時期はオッチャンに
取り上げられていた事もあったと記憶して
いる

「とっても良い写真でしょう?」

そう言って、数枚の別の写真も見せてくれた

工藤の両親が会話しているところを撮影
したのか、新聞や雑誌で見るよりもずっと
和らいだ笑顔を見せる工藤の両親が映され
ていた

「これ、和葉ちゃんが撮ってくれたのよ、
全部」

カメラの扱いは、オカンに習っていた程度
で、殆どどころか、完全なる素人

「ステイ先の親子の写真がね、小さな
コンテストで入選したのよ」

コンテストの審査員から、工藤の両親宛て
に、連絡があったらしい
和葉に、その気があるなら、直接、指導
してもええ、と

和葉は、丁重に断ったと言う
わざわざ、その人の元へ出向き、褒めて
もらった礼を伝えながら

その世界では有名なプロカメラマン
高齢で、もう今は弟子をとってはいないと
言っていた

気が変わったらいつでもおいで、と和葉を
気に入り、入選祝いに、古いライカの愛機
を一台、贈ったらしい

「写真はね、趣味なんだって」

自分の周囲に居る、大好きな人達と過ごす
時間を撮れたら、それでええ
それで十分や、そう言っていたと

和葉らしい応えやな、と思った

「優作さんもね、和葉ちゃんに撮って
もらった写真、気に入って、次回作の著者
近影は、その写真、使うそうよ?
楽しみにしててね!」

唖然とするオレを残して、工藤のオカンは
颯爽と去って行った

またね、と言って

何を隠そう、オレは工藤優作氏の作品の
ファンの1人
毎回、新作が出るたび、原本の英語本を
わざわざ取り寄せている

色々な意味で、次回作が楽しみだ

帰宅後、工藤のオカンからの写真をオカン
に預けた
コレクションと言う名のアルバムにちゃん
とそれらは収まり、和葉の快挙にオカンは
大喜びした

「新作が出たら、お母ちゃんにも一冊、
買うてな?」

ご機嫌で台所に消えて行ったオカンは、
先日、和葉が居らんで淋しいと騒いだ事
など、すっかり忘れ、留学させて良かった
とか、浮かれて大変やった

帰国したら褒めてやれよ、と工藤に言われ
たけど、あまりの快挙にオレは一体、どう
やって褒めたらええか、悩んでしまった

さて、どうしましょうかね、お姫様?

こっそり抜き取った写真を一枚、手帳に
挟みこんだ

2015/08/06    初稿
2015/11/03    加筆&改訂&改題