▪️side Heiji :Step by step  3

年内最終登校日は、クリスマスイブと
重なった

イベント好きな和葉は、例年この時期を
とても楽しみにしている
毎年、オカンに呼び出されて家に居るん
やけど、な

昨年は事件を追っていて、オレは顔を見る
ことも出来ず、連絡もくれないと泣かれて
大変やった

だから、今年も何もしてやれなかった詫び
も含め、今年のクリスマスイブはオレが
初めて和葉を連れ出そうと決めたのだ

頼んでいたモノも、ギリギリ間に合い、
店主がわざわざ届けてくれた
京都の依頼主に届けるついでに、と大阪に
立ち寄り、完成品を直接渡してくれたのだ

「指に出来ない場面もあるかもしれま
せんので」

同じ素材の繊細な鎖も添えてくれた

店主を見送り、オレは帰りながら、どうや
って和葉を誘い出すか、思案していた

せっかくだから、驚かしたい
楽しませたいし、笑わせたい

ふと思いついて、オレはオカンに協力を
願い出た

「オカン、お願いがあるんやけど」

台所に居たオカンを呼び止める

「何や、珍しい」

怪訝そうに振り返ったオカンに、ある
お願いをした

「仕方ないなぁ、高くつくで?」

そう言いながらも、楽しそうにいそいそと
エプロンを外す

「ほな、お母ちゃんは準備に出掛けて
来ます」

後はよろしゅう、と言い捨てて、すぐに家
を飛び出した

数時間後、山の様な紙袋を抱え、帰宅した
オカン

「ついでや、こっちはアンタの分」

オカンへの頼み事は、明日、和葉を連れて
少し出掛けたいので、学校への欠席届けを
2人分出して欲しい、と言うものやった

当然、何でや、と言われたので

「アンタの長年の夢が叶うか、叶わんかの
瀬戸際や
協力してくれたら、オレ頑張るで?」

とだけ伝えた
それで十分だった様子

和葉には、事前に知らせずに、朝、迎えに
来たところをそのまま連れて行く予定、と
言うと

「ほな、服やら色々要りますなぁ」

と言い出し、丁度バーゲンやし行って来る
とオカンは家を飛び出したのだ

元々、和葉を着飾らせる事については、
オカン以上に上手い人は居らん
女の子が欲しかった、と言うオカンにとっ
ては、和葉は格好の対象やねん

得意分野に、喜び勇んで出て行った姿に、
コレもひとつの親孝行やなぁと勝手な事
を思うオレ

事前にちゃんと、バイクで連れて行くと
伝えてあるので、間違っても乗れないよう
な服は選んで来ない

「いやぁ、楽しかったわ!」

満足げに、オカンが和葉の服を広げて見せ
てくれた

「珍しいセレクトやなぁ」

オカンが選ぶのは、大抵、年齢相応に可愛
ええカジュアル系の服
でも、今回のセレクトは、全体的に大人
向けでシックなラインやった

「たまには、普段と違うのもええやろ?
変装みたいで」

Aラインのベージュのトレンチコート
緩く開いたタートルネックが印象的な柔ら
かな紺色のミニのニットワンピ
スキニージーンズ、ショートブーツといず
れもシンプルやけど、質がええ素材やと
判るモノ

少なくとも、大学生くらいには見える服装

オレ用に用意された服もいつもと違う

黒の革のジャケットにパンツのセット
ボタン使いが変わった白シャツ
これに、この間和葉とオカンが選んで来た
黒いコートとショートブーツを合わせろと
言われた

「工藤に見られたら、完全に誤解される
やろうな」

例の組織を想像して、思わず苦笑い

オカンの指示で、和葉に明日は少し早く
迎えに来るように連絡を入れた

わかった、と返事があって、事件から無事
に戻った事も良かった、とあって、人知れ
ず、自然と頬が緩むのを隠せない

翌朝、早めに迎えに来た和葉を、予定通り
オカンが自分の寝室に連れて行き、着替え
させた

出て来た和葉は、オカンの手で髪型も結い
直され、いつもと変えてあった
緩く巻かれた黒髪は、顔周りを邪魔になら
んよう、編み込まれている

数年先の和葉を見ているような気持ち

きっと、もっとキレイになるやろな
素直にそう思った

オカンも、作品を満足げに眺めて、写真
まで撮っていた

「平次、事件なん?」
「事件言うたら事件やなぁ」

学校へは、オカンが連絡を入れるので、黙
ってオレに付いて行け、とオカンが言った
らしい

「まぁ、ええから、行くで~」

バイクの後ろに和葉を乗せ、いつものよう
に腰に回された手をぎゅっと握り、オレは
愛車を発進させた

途中、和葉に寒くないか確認つつ、普段
より慎重な運転で、目的地である神戸を
目指した

「何や、神戸で事件なん?」

「は?事件ちゃうで」

「へ?」

「オレら2人とも、今年はめっちゃ頑張っ
たやろ? せやから、今日はご褒美や!
たまには一緒に遊ぶのもええやん?」

「え?ホンマに事件ちゃうの?」

大きな黒い瞳が零れんばかりに開く
ホンマに驚いているんやろうな

「ホンマにホンマ 
今日は携帯、オカンに預けて来たし」

今日だけは、誰にも邪魔されたくない

オカンには、重大事件の時は、和葉の携帯
へ連絡するよう伝えてある

「大阪だと、さぼりバレてまうやろ?
せやから、今日は神戸で遊び倒して帰る
で~!」

「ホンマに?ええの?いや、嬉しい!
私、行きたいとこ、あんねん!」

和葉もオレも、今日は普段とは少し違う
服装で、ちょっとした変装気分

嬉しそうにはしゃぐ和葉の手をとり、自分
の腕に絡めた

「オレ、携帯無いから、はぐれたらアカン
やろ?」

「せ、せやね」

腕に捕まらせて、和葉が行きたいと言う
エリアへ歩いた

腕を組んで歩くなど、殆ど初めてで、最初
は和葉も照れていたけれど、
ショーウィンドウを覗いたり、あちこち
買い食いして歩くと、後はもう何か言わん
でもスルリ、と自然に掴むようになった

最近、顔が知られて来たせいで、出先で
人に囲まれてしまう事も少なくないのだ

おかげで、目的地に行けないとか、一緒に
出掛けていた面々とはぐれてしまう事も
和葉と出掛けても、そうやった

でも、今日はイブやって言う魔法の効果か
行き交うカップルに注目する人は少ない

とはいえ、和葉に目を遣る男の数は少なく
はなく、オレも数人には気付かれた様子で
チラチラ視線を感じたけど

それでも、今日は直接声をかけられる事は
無かったので、オレは心おきなく和葉と
やいやい言いながら歩いた

元気にしゃべり、笑い、楽しそうに過ごす
和葉を見て、連れ出して本当に良かった、
と思う

和葉が緊張を解いてくれたのを確認して
から、オレは本題を切り出した

選んだのは、とある公園

オッチャンが、和葉の母親に求婚した場所
や、と言って以前教えてくれた所

「和葉」

「ん」

「一度しかよう言わん」

大きな黒い瞳をしっかりと見据えた
深呼吸して一気に口にする

「好きやで」

「…は?…え?」

きょとん、とした顔を見ていると、自分の
顔が段々と赤くなるのを感じる

「和葉が好きやって言うとんのに、何や、
無視かい」

「ち…ちゃうちゃう…ってか、本気なん?
平次」

「は?」

「だって…また、私の事からかっとんのか
って…」

「…戎橋の件かいな」

頷く和葉を見て、思わず頭を抱えそうになる

「嘘やない、あの時言うてしまった事も、
今、言った事も」

「平次…」

大事な事、あんな場所で思わず零した自分
が情けない
そう言うと、和葉が応えた

「何で?ええやん…どこでも…大事なのは、
場所やないやろ」

大事なのは気持ちやん、と静かに穏やかに
微笑んだ

へぇ、コイツ、いつの間にこんな一端の
大人の女みたいな表情が出来るように
なったんか、と、オレは思わず見惚れて
しまう

「オマエはどうなん?オレやアカンか?」

返事を聞くのは怖い、でも…

首を振るのが見えて、身体中の力が抜け
そうになるほど安堵した

「せやから和葉、オマエももう諦めて、
オレにしとけや」

「諦めてって…それはあんまりやろ」

「オレや不満か」

「不満やないけど」

ようやく状況が飲み込めたのか、和葉の頬
にも朱色が混ざりこんだ

「オマエの望む「好き」と同じかどうかは
オレにはわからん
でも、オレの中でオマエの位置は一度も
ブレた事は無い
親以上に何でも知っとる幼なじみで、一番
の親友やし
オレの中では和葉は「和葉」やねん
代替なんて効かへんし、DNAか心臓かどこ
に書きこまれたのかわからんけど…もう、
ずっと前からオレの一部やねん
オレがオレらしく動けるのは、側にオマエ
が居るからや」

じっとオレを見ている和葉の大きな瞳

「せやから、観念して、オレと結婚して
くれへん?」

「け…結婚って…アンタ、色々と飛ばし
過ぎやろ!」

真っ赤に染まって慌てる和葉を見て、
オレは反対に落ち着いてきた
と言うよりも、和む感じ、やろか

「ええやん、オレは相手、変更する気も
無いし、中途半端な事して、オマエに色々
疑われるのもかなわん…
今までやって、ほとんど付き合っていた
ようなもんやし
この先の事考えたら、早くてもええやんか
それとも、オマエはまだ他の男でも探して
余所見する気、あるんか?」

激しく首を振ると和葉は言った

「そんな気は全く無い…でも、平次はそれ
でええの?一生、私だけになるんよ?」

「それが何か問題あるのか? 東にもそう
いう探偵が居るやんか…いや、余所はどう
でもええ、オマエはどうなん? オレは、
ちゃんと言うたで」

和葉を軽く睨んだ

「…でも、私はもう言わん」

「へ?何でや」

「だって、好きやって前に言うたけど
平次、ちゃんと最後まで聞かへんで、逃げ
たんやもん」

(…そんなオイシイ状況、いつあったん
や!?)

でも、まぁ、無事気持ちの在りかもわかっ
たしええか

コートをギュッと握っていた和葉の左手を
取った
掌をしっかり握って、ポケットに隠してい
たモノを指にそっと滑らせる

「まだちゃんとしたモノは用意出来へん
から…予約っちゅう事で」

「…え…えぇ!」

自分の手を見て、和葉は訳がわからんと言
った顔
色白の和葉の細い指に、それはとてもよく
似合っていた

銀色に輝くアームは、メビウスの輪のよう
に捻じれていて、斜めにダイヤと
アクアマリンが流れ星か天の川の様に敷き
詰められている細いプラチナのリング

震える指をしっかり絡めて、和葉を抱き
こんだ
不思議と落ち着いてくる、慣れたほのかに
甘い香りと、柔らかな身体
腕の中から聞こえる確かな鼓動に安らぎを
感じていた

髪を軽く引っ張って、顔を上げさせる
戸惑う赤い顔に、ふっと自分の緊張が解け
るのを感じた

「和葉、寒い…そろそろ帰ろうや
また、風邪で倒れられても困るし」

わざと意地悪な笑顔を作る

予想通り、勝気なお姫様はムッとした顔で
オレの腕の中から脱け出そうとするように
体勢を立て直した

「おばちゃんの大事な平次くんを、風邪ひ
かせたらアカンからなぁ」

負けじと半目で応戦する

「へーへー、そろそろ帰りましょか?
あ、せや、忘れたらアカン」

「へ?」

平次、と言い終える前に、オレは和葉の唇
を掠め取った
ゆっくりと唇を離しながら、和葉の顔を
これ以上ない至近距離で、オレは見ていた

ひとつも、見逃さないように

じんわり桜色に染まる頬も、耳元も、
大きな開かれた黒くて大きな瞳も、
触れたばかりの柔らかな赤い唇も

「ちゃんと護るし、オレなりに一生大事
にする
せやから、絶対離れんで側に居るんやで?
オレの事も、護ってくれるんやろ?」

うん、と和葉はしっかりと頷いた

「平次の事は、私が絶対護るし、
せやから、頑張ってな、名探偵」

花が咲くように、
綻ぶように、ゆっくり、ゆっくりと
優しい笑顔が開かれた

こみあげた想いの名前はわからない
でも、でも、
ひとつだけ、

コレはオレのモノやって事
誰にも絶対やらん
大事なモノやって

心の中で誓いを立てて、もう一度
しっかりと抱きしめてキスを

抱きしめる腕に
重ねる唇に
細く柔らかな白い指に在る指輪にも

伝えきれない想いを込めて

「実はなぁ、これ、お揃いやねん」

自分の首に下げた鎖を引っ張り出す

そう、オレが和葉に贈ったのは、
カップルリングの片割れ
オレは照れ臭いし、アレなんやけど、和葉
はたぶん、好きやろうな、と思って

「あ」

驚いた表情の和葉が、嬉しそうな笑顔に

「私が嵌めてあげる」

和葉が、背伸びをして鎖を外すと、指輪
を取り、オレの薬指に嵌めた

「似てるけど、ちょっとだけ雰囲気が違う
んやね?平次の方が、何やカッコイイな」

艶消し加工がされたオレの指輪
オレの手を両手で掴んで見ていた和葉

工房に立ち寄ってから帰るか?と誘った

「え?連れて行ってくれるん?行きたい!
御礼、直接言いたいし」

嬉しそうな笑顔を見せてくれた
遠い昔に見た、あの笑顔に負けない素敵な
笑顔だった

自然と繋がれた掌に、ふっと自然に頬が
緩み、じんわりと溶け合う体温に、充たさ
れるのを感じていた

2015/08/04    初稿
2015/11/02    改訂&改題