上賀茂神社社家から大田神社へ | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

 上賀茂神社から大田神社へ向かう道は、上賀茂神社の社家(神社の神官や氏子たちの住む屋敷町)が並んでいます。

 そのうちのひとつ、西村家庭園のある敷地は、明治時代の後半、西陣で織物業を営んでいた7代目西村清三郎が、社家の錦部(にしごり)氏と西池氏から別邸として利用するために買い求めたものです。

 

 上賀茂神社の境内から流れてきた明神川の水を庭園に取り入れ、めぐった水は再び明神川へ戻るようになっています。明神川に沿って歩きました。 

 

 道の反対側に、梅辻家住宅があります。梅辻家は、上賀茂社家のうち神主筋である「賀茂七家」の一つです。1838年頃、主屋が建築されたと言われています。

 

大田神社に着きました。大田神社は上賀茂神社の摂社です。

 

鳥居を通り、境内に入りました。

 

 大田神社は賀茂で最古の神社であり、賀茂県主族の移住以前より農民から長寿福徳の神として信仰が寄せられていました。

 祭神の天鈿女命(あめのうずめのみこと)は、天岩戸の前で神楽をした神で、芸能上達を願い参拝する人が多いそうです。拝殿に並び、拝みました。

 

 大田神社はかきつばたの名所です。

 藤原俊成(しゅんぜい)の古歌に「神山や 大田の沢のかきつばた ふかきたのみは 色にみゆらむ」と詠われ、平安時代から紫の花が咲き乱れて、名所になっていたそうです。

 しかし、今年は鹿に食い荒らされたらしく、残念なことになっていました。鹿が入らないように、周りに柵が張り巡らされていました。

 

 大田神社を出て、東へ15分ほど歩きました。深泥池があります。

 深泥池は、氷河期の植物群落が残っていて、高層湿原や寒冷泥炭池沼に住む動物相(全種類の動物のこと。)がいるそうで、1988年に名称を「深泥池生物群集」に改めました。

 とても寒い所にあるはずの物が、このような所に残っているのも不思議です。

 

 深泥池でバスに乗り、下鴨神社に向かいました。