「50年後の”自分“に何を語るのか?」『タクシージャパン』326号コラム団塊耕志録第115回 | 団塊耕志録

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団塊世代の一員。社会的にプチ激動の時代に青春時代をすごし、あちこちに頭をぶつけて生きてきた人間の試行錯誤の記録と総括(死語かな?)をつれづれに書こうとするブログです。またそうした世代が今の時代に何を想い、何を感じ、終活に備えるブログです。


テーマ:

チームネクストセミナー合宿in函館

 今月は第20回目となるチームネクストセ
ミナー合宿in函館が7月9日、10日とあ
った。
 「デマンド交通&先進観光タクシー視察」
というテーマで、はこだて未来大学の超未来
的なキャンパスで株式会社未来シェアが開発
したリアルタイムのオンデマンド交通のシス
テムの講演と翌日の道南ハイヤー様の4台の
車両を使ったデモシステムを体験させて貰っ
た。最新のAIシステムを駆使したデマンド
システムで観光を兼ね、チームネクスト会員
が夫々のスマホを使って実車地、降車地の配
車希望を出し、AIが最適車両を割り出し、
配車、運行するというもの。タクシーに限ら
ず、他の移動手段を含め、トータルな地域の
最適配車・移動システムという意味で非常に
斬新で先進的なものであると思う。
 が、そうであるが故に、各地域で移動手段
の連携・統合が進んでいないが為に現実のシ
ステムの立ち上げには苦戦しているようだ。
技術的な課題よりも、社会的政治的な障壁の
解決が問われているようだ。
 今月の業界紙・誌やチームネクストホーム
ページでもこの「セミナー合宿in函館」の
レポートが掲載されるので、是非参考にして
頂きたい。

松本深志高校の「尚学塾」

 非常にマイナーで個人的な話で申し訳ない
が、実は10月13日、私の母校である松本
深志高校で50年後輩の現役高校生の皆さん
に先輩として話す機会を与えられた。
 当時9つあった各クラスから「特別授業」
を行う人間を一名選び、その人間の経歴、テ
ーマを現役の皆さんに提示し、どの授業を受
けるか選んでもらおうと言う趣向である。
 
 したがって一人も選んでくれなければ、空
の教室に向かって「特別授業」をしなくては
いけない!(どうしよう…)。
 「尚学塾」と銘打ったこの「特別授業」は
「先輩」にもなかなか厳しい「試練」(?)
の場の様だ。

 おりしも7月6日に再三このコラムでも触
れさせて頂いている田坂塾特別講和第16講
があり、そのテーマが

 「真のエリートとして生きる 学歴社会が
崩壊する時代、何を身に付け、何をめざし、
生きるか」であった。

 一応地域の進学校として、いわゆる社会的
エリートを目指すだろう私の50年後の後輩
たちに自分は何を語れるだろうか?
 
 いわば社会的エリートの対極のような人生
を送った自分が彼らに何を語ったら良いのか?
 
 実はこの田坂塾の特別講和の内容は自分に
一つの語るべき方向性を与えてくれたような
気がする。

 それは「学歴も結構だが、それだけが「人
生の充実」を保証するものでは無い。いつで
も、どこでも、そしていくつになっても志を
育み続ける幸運に恵まれれば、それで良いの
ではないか?」てなことを自分の経験と人生
から語れれば良いかなと思った。
 
 いつもの如く、この田坂塾は講和を聴くだ
けでは完結せず、自分自身のこの講和への所
感を必須とする。紙数の小間の穴埋めの様で
心苦しいが、私の田坂塾長への所感を引用さ
せて貰い、このテーマに関する私の考え=
「感慨」としたい。

 田坂塾第16講所感
 
 第16講 講義ありがとうございました。

私にとっては切実なテーマでした。

 というのはたまたま私の母校である松本深
志高校では毎年現役の高校生に50年も先輩
にあたるOBに「尚学塾」という名で、何事
かを語る場(特別講義)が与えられます。

 9クラスあった当時(1968年卒業)の
各クラスから一人、50年後の自分に語り掛
けるように、現役の高校生に語り掛けるとい
う企画です。

 たまたま我がクラスからは変わった経歴を
持つと言う事で、私に指名がありました。
 名誉なことだとは思うのですが、はたして
何を語ったら良いのだろうかと今から(特別
講義は10月13日なのですが)思案に暮れ
ています。

 一応進学校であり、地域ではエリート校と
称される高校ではあるのですが、まさに第1
6講のテーマである「真のエリートとして生
きる 学歴社会が崩壊する時代、何を身につ
け、何をめざし、生きるか」と言う事を自分
の体験の中で語れたら良いのですが、なかな
か難しいと感じています。

 「真のエリート」とはとても口幅ったくて
言えませんが、ただ、学歴と言う点で大学を
中退し、高卒という資格であり、また社会的
にも学生運動とは言え、逮捕歴3回前科2犯
という落ちこぼれであっても、時々の志を捨
てさえしなければ、生きがいを持ってそれな
りに社会にお役に立てるという実例として、
今の現役の高校生に語り掛けてみたいと思い
ます。

 第16講の資料の中で「あの若者たちの責
務」という文章を拝見しました。まさに私自
身も「あの若者たちの一人」であり、私にと
っては18歳からの50年の歳月を「天下、
国家と革命」というレベルからは随分土俵は
さがりましたが、「一隅を照らす、これ国の
宝なり」という最澄の言葉に励まされながら、
自分のおかれた場での志を育み続けた「耕志」
の気持ちだけは語る事ができるとは思ってい
ます。多分に結果を問わない、自己満足の世
界ではありますが、「68歳になっても18
歳の深志生の時と同じ気持ちで人生を送るこ
とはできるんだ」という事だけは伝えたいと
思ってます。

 50年を隔てた深志高校の現役生が果たし
て、どのように感じてくれるか、楽しみでも
あり、怖くもあります。

 以上所感としてさせて頂きます。清野吉光


「あの若者達の責務」(抜粋) 田坂広志

あの若者たちは、若き日の情熱と志を抱き続
け、この国を、良き国に変えることができた
のだろうか。

混迷する政治、低迷する経済、共感を失った
社会、浮薄な文化、そして大切な事を忘れた、
我々の精神。
 
 その寂しい現実を見るとき、一つの静かな
覚悟が、心に残ります。

あの若者たちには、未来の世代のために、
まだ、為さなければならないことが、ある。

その思いが、心に残るのです。


(2018年7月23日記)
団塊耕志録アメブロ版 0104




 

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