記事のストックがいくつかある。書いてみて、それでもやっぱり投稿するには至らず、下書きの形に収まったものが残っている。たまにそれを見返してみたりなんかするのだけれど、こんなのはフレッシュじゃないわ、と感じるのか、きっと投稿しないのだろうと文章を書き足してきた。やはり投稿しなかった。だからこんなに久しい、お久しぶり。
    そのうちの一つに、始めの挨拶として「便座に座ったら冷たかった、夏の訪れを感じます」というような謎の文が残っていた。今読み返せば阿呆かと思うし、若干気持ちの悪い文面だけれど。その時は本当に謎でもなんでもなく、便座に夏の訪れを見出したのだと思い出して感慨深い、もう秋です。
    何を書き溜めていたかというと、何の変哲もなくライブの話です。一つ一つの感想なんかを書いておくと、後から振り返りができてよろしい。思い出にもなる。そう思ったのだったが、一番古いライブの感想を長々と書くうちに新しいライブを幾度かこなしてしまったので、私の頭はしゅるしゅると音を立てて崩壊、あっという間にキャパオーバーした。容量が小さい。
    冷静に新規記事を書き始めた今、それをなんとか纏めねばと半ば義務感に足を引きずられこんな馬鹿みたいな前置きを拵えている。取り敢えず、今まで書いていたものは葬り去った。果たして私は3ヶ月ほど前のライブを覚えているのか。いや覚えていますとも。


2018.6.17【OTOZONO 〜音苑〜】
in 浜松駅 サンクンガーデン
    浜松駅のサンクンガーデンで行ったライブ。自分も演らせていただいたライブなのに、あれが全体から眺めたうちのどこだったのかいまいちわかっていない。「サンクンガーデン」は「オープン地下道」だって。天井のない地下道ってことですかね。
    寸前に告知をした、半ゲリラライブ。いや、告知はしているから、ゲリラっていうのは嘘だ。ゲリラって言いたいだけです、ゲリラゲリラ。ケセラセラに似た趣を感じます、字面に。
    何故か椅子とオイルタイマーを持って行った私は、ステージ(?)にそれらを置き、凭れたりひっくり返したりしながら歌いました。 突っ立って歌う以外の方法を初めてとった日だったのだ!!そして初めて 水槽のガラスだけだよ を歌った日でもあり、初めてトップバッターで歌った日でもあり。
    トップバッターの恐怖に打ちひしがれながらも何とか歌いきり、案外最初だろうが関係がないなと、今であればそう思える。
    今年はいつもより甲子園の中継を観ていた、私もホームランを打ちたいと感じる。

2018.7.16【未確認フェスティバル2018 ライブステージ】
in 名古屋 BOTTOM LINE
   なかなか恐ろしい舞台でした。
    私が進んだライブステージは名古屋会場で、初の県外だった。(まあどの会場へ進もうが漏れなく県外なのですが。)それでいて、周りはバンドさんが多い。名古屋会場の出場者9組のうち、ソロアーティストは私を含め3組のみ。三分の一と言えば、ああなんだ、まあまあ数いるじゃないか、という気もしてくるが、バンドさんはそもそも1組のメンバー数が多いわけだから、私のような母同伴の若造の疎外感と言ったらなかった。
    頭で考えるのはそればかりで出番前まではどきどきしていたのに、案外緊張しなかった。冷静な顔で、ああみなさんが手拍子をしてくださる。しかしトラックの手拍子のタイミングが変だから、戸惑わせてしまっている…!と、絶妙な気持ちになった覚え。しかしみなさま臨機応変、しっかり手拍子してくださいました。ありがたい。
    ふらっふらと歩き回りながら歌いました。確か、気持ちよかったです。案外記憶がない。緊張しているってことなのかしら。自分ではそうは思っていないのだけれど…と、強がっているみたいなのってお恥ずかしい。いやだ、いやだ。

2018.7.22【New  style live≪塔≫vol.2】
in 浜松 地域情報センター
    早くから予約を受け付け、しっかり(?)チケットを発行して行った有料ライブ。それも、2ヶ月前から受け付けていた。それ、普通なのかしら。そもそも私にとって初の有料ライブ…というかこの時私はライブ5、6回目だったから、何もかも初で当たり前なのですけれども。
    早くから決まっていて、長い間「22日は 塔 だ!」と思いながら生活していたものだから、ここが1つの区切りであるような気分でいた。
    未確認で初めてやった「ふわっふわ動く」やつをこの日も続けた。プレゼンでもしそうなステージで、某漫才師の言う「ジョブズスタイル」が頭を過ぎって、「お父さんお母さーん」とつい口走るのではないかと緊張感が走った。いや流石にこれは、洒落ていない洒落だけれども。
    そして、崎山さんがすごかった。何がと言うより、全てが。袖からみていて、何かもう私の、私の内側の方からじわじわ駄目になってくる。…へ?

2018.7.29【Hamamatsu Sounds】
in 浜松 Pops倶楽部
    Pops倶楽部が、素敵だった。まずそこだ。名前からして良いのだが、見た目が、良かったのだ、とても。仄暗い空間にもさもさと、電気を使うと何らかの働きをするものが生い茂っていた。わあおわあおと呟きながら入ったライブハウスでした。
    ステージはこじんまりとしていて、客席と近い。この頃にはもはや私の心の定番だった「ふわっふわ動く」はステージの様子的にできなかったのだが、やはり周囲が樹海だったので、気分が良かった。囲まれるとどう、心地が良い。普段閉所は苦手だけれど、使わないギター、椅子の脚、譜面台、こちらを向くアンプ、マイクスタンド、なんだか良いです気分。
    音源を使う女性シンガーさんのみのライブだった。こんなことは今までになかったので、何だか脳みそも、ふわっふわ。浮き足立っちゃってもう。とても、華やかな絵面だった気がする。
    私はこの日、コック志望の女。しかし、薬味トングを忘れる。


    これ以上書いていては文字数から何から、恐ろしい事が起こると、私の目にも明らかなのでそろそろ終わっておこうかと思う。
    この続き、ライブの話を書くのは、いつになるのかわからない。次はもっと、唐突なことを書き始める気がする。本当は、そういうのが好きだ。どうでも良いこと書きたい。Twitterで何度か書いているけれど、結局は阿呆をやるのが好きだ。
    しかしそのTwitterで、たまに決め顔をしては何か、世の中の核心でもついたようなジェスチャーで140字びったりと認めるが、あれはなんだろうか。その時の私は相当変な顔で、…と言うより、そもそもあの手のツイートを下書きにいくつか収めているのは、冷静に考えると少しぶるっとする。

    関係ないけれど、今回私は、まあまあの量、常体で書いている。たまに敬体を挟みつつするものの、いつもはその逆だったわけで、何だか清々しいような気もする。
    私は基本いつでも文章を書き溜めている人間だから、何か書かんとすることには慣れている。(熟れた文章を書けているかどうかは別にして!)いつも常体で書く、常体の方が好き。
    常体好きなのは基本いつだって変わらないが、私にとって目上の人の方が圧倒的に多い世の中で、「常体を使う私など、死ぬほど生意気だ!」みたいな気持ちがずうっとあった。今もある。しかしこの先いつ、「常体を使うべき時」なんかが、私に訪れるだろう。と思ったら、使わずにはいられなかった。
    0から100歳までの人が同じ数ずつ存在したとして、単純に考えて、自分より年齢の低い人がこの世の過半数を占めるのは私が51歳(合ってるのか?)になった後、からであるわけだ。仮定が酷く現実に即さないので、正しくないし、途轍もなく下らない計算だけれども。その数字は、良いよ、常体使いなよ、と私に言ってきたんですよ。だって、まだまだ来ない、51歳。
    織り交ぜ織り交ぜやっていきます。

    本当は、夢の話なんかもしてみたい。めちゃくちゃくだらない話。いつも舞台上でふわっふわしている私の足取りは更に覚束ない、そんな話。でも、そこから夢占いで深層心理が暴かれたらどうしようかと思うと、なかなか難しい提案である。夢は文章に起こすのが楽しかったりするから、いずれ実現しそうな気はしています。
    それに、ライブの話をしますよと言っているのにその他雑談の方が圧倒的に舌というか指というか、するっするに湿っている。私は完全に夢の話をする人間だ。個人的に楽しみです。

    また新しいライブを終えた今日、如何してこんなブログを、とは思っています私も。また今日の話も是非するかもしれないししないかもしれない。


    では失礼を致します。