今回から、
夫婦の一方の同意がない状態で不妊治療をした場合、
医師の責任は?慰謝料が発生する?
というテーマについて、
過去の裁判例を
数回に分けて
解説をしていきます
下記の以前の記事で、
夫に無断で不妊治療を受けて妊娠出産した妻に対する、
夫からの慰謝料の請求が認められたケースを解説しましたが、
今回は、
夫婦間の慰謝料請求ではなく、
夫から医師に対する慰謝料請求が争われたケースです
(※下記の以前の記事とは全く別の事案です)
【以前の記事】
(その1)
(その2)
今回のケースは、実際に裁判で争われた例です。
今回の記事では、
この内容が争われた実際の「裁判例の概要」を、
お伝えするとともに、
そもそも、今回のような請求で、
医師に責任が認められる場合はどのような条件が必要なのか
という点を、解説したいと思います。
次回以降の記事では、
医師には夫の同意の有無について確認義務があったのか
慰謝料の金額が認定されるのかどうか、
認定されるとして具体的にいくらと認定されるのか
という点について解説したいと思います
事案の内容
✔️ 裁判例
第一審:
京都地裁令和4年4月13日判決
(LLI/DB判例秘書登載)
第二審:
大阪高裁令和4年12月7日判決
(LLI/DB判例秘書登載)
※第一審の京都地方裁判所の判決に対して、
控訴(不服申立て)がなされ、
第二審の大阪高裁で再度審理が行われました。
✔️ 事案の概要
X(夫)とA(妻)は夫婦。
XとAは婚姻関係にある間に、Y医師が経営する本件クリニックで不妊治療を受けており、XとAの間に子どもが誕生した。XとAは不妊治療の際に、Aの卵子にXの精子を体外受精させた胚を凍結保存していた。
XとAは、その後、海外に移住した。
このような状況で、Aは、帰国し、本件クリニックを凍結保存していた胚を使用して、胚移植を受けた。
その結果、Aは妊娠し、Xとの子を出産した。
Aは胚移植を受ける際、Y医師に対して、「X(夫)がオーストラリアにいるため同意書にサインをもらうことができない、Xは同意しているのでサインなしで手術をしてほしい」旨伝えた。
Y医師は、Aの言葉に従って、
今回の胚移植に関して、
Xの同意の有無を改めて確認しないまま、
胚移植を実施した。
Xは、上記の胚移植が実施されたことを知らなかった。
そのため、後日、Xは、本件クリニックに訪れ、上記胚移植が実施されたのかどうか、
本件クリニックに尋ねた。
その際、Xは、本件クリニックの医師から、
同意書へのサインを事後的に求められたが、
その場ではサインせずに同意書を持ち帰った。
X(夫)は、
自己に無断で、胚移植が実施され、その結果、Xが意図しない形で、XとAの子が不妊治療により生まれたということで、Xは、
自らの子をもうけるか否かという自己決定権を侵害された、
と主張して、
医師に対して損害賠償(慰謝料等)を請求した。
※当事者のアルファベットは実際のイニシャルなどとは全く無関係に記載しています。
今回の解説のキーワード
夫婦の一方に無断で不妊治療を行い子どもができた場合に医師に賠償責任が生じる条件とは
今回のY医師の責任が発生する条件(不法行為に基づく損害賠償の要件)
以前の記事でも解説しましたが、Y医師に、
夫Xからの損害賠償請求が認められるためには、
基本的に以下の①から③の点が必要となります。
①不法行為の存在(違法な行為であること)
Y医師が、配偶者(夫X)の承諾なく、
凍結胚を利用して、
胚移植をを実施した結果、
妻Aが妊娠したことが、
夫Xとの関係で違法な行為に該当すること
②Y医師に故意または過失があること
Y医師が、
上記①の不法行為の内容(夫Xの同意がないこと)について、
知っていた(故意)
または
知らなかったけど調査確認をしたら知ることができた(過失)
こと
③Y医師の①の行為によって、夫Xに損害が生じたこと(損害と因果関係)
Y医師の行為によって夫Xに具体的な損害が生じたこと
今回のようなケースでは、
いわゆる「精神的な損害」(慰謝料)の発生
以上、①から③までの要素を全て満たす必要があります。
※次回の記事で解説する予定のテーマである、
医師には夫の同意の有無について確認義務があったのか、
という点は、上記②の点に、
次々回に予定している、
慰謝料の支払い義務があるかどうか、あるとして具体的にいくらか、
という点は、
上記の③の「損害」の部分に関わってくる内容です。
今回の記事では、主に①について触れます。
損賠賠償が認められるためには
①不法行為の存在(違法な行為であること)
1つ目に、
医師Yの行為は違法な行為だ、
と言えなければなりません。
以前の記事でも解説しましたが、
不法行為とは、
道徳的や倫理的に「よくない」とか「ひどい」ということではなくて、
法律的に違法な行為と言えるのか、
つまり、
誰か(何か)の権利を侵害する行為と言えるのか、
という点です。
具体的には、
今回のケースで
Y医師が、配偶者(夫X)の承諾ない状態で、
胚移植を実施したことが、
夫Xとの関係で違法な行為に該当するかどうか、
ということです。
(Y医師の医療行為により妻Aが妊娠出産して子どもができたことについて)
この点について、
上記の裁判所は、
Y医師の行為は、
夫Xの子どもを持つ持たないという選択をできる権利を侵害する行為といえる、
と判断し、
妻Yの違法な行為であると判断しました。
これを
夫Xの「自己決定権」の侵害
といいます
ここでのポイントは、
裁判所が、
ある人が子どもを持つかどうか、
ということについては、
その人が自由に決められるものであり、
それは法律上保護しなければならない権利だ、
と判断したことです。
こう言ってみれば、
当たり前のことに感じるかもしれませんが、
法律で保護しなければならないこのような権利があるということをはっきり判断した、
という点が重要な点です。
さらに重要な点は、
「医師」が、
一方のパートナーの同意がない状態で、
胚移植をすること(その結果子どもができたこと)は、
同意をしていない人の自己決定権を侵害する違法な行為だ、
と判断された点です。
したがって、
医療機関側としては、
不妊治療を実施する際は、
「必ず」
パートナー「双方」の同意
を確認する、
ということが非常に重要な点だということです
②Y医師の故意または過失の存在
Y医師に責任が発生するためには、
上記の不法行為により夫Xに損害を生じさせることを
知っていた(故意)
または
知らなかったけど調査確認をしたら知ることができた(過失)
こと
が必要となります。
「故意」というのは、
今回のケースでは、
Y医師が
上記①のことについて知っていたということが必要です。
故意は、
例えば夫Xに損害を発生させてやろうというような意図までは不要で、
単に上記の認識があれば足ります。
ただ、
今回のケースでは、
医師の「故意」は認められていません。
なので、
争いになったのは、
医師の「過失」の部分です
「過失」の内容として争いになるのは、
医師には夫の同意の有無について確認義務の有無
です。
この点は、
次回の記事で具体的に解説します




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