今回は、
前回の記事に引き続き、
不倫関係にある男女の不妊治療を実施した医師は責任を問われる?
というテーマについて、
弁護士として解説していきたいと思います。
今回のケースは、実際に裁判で争われた例です。
【前回の記事】
事案の内容(前回のおさらい)![]()
✔️ 裁判例
東京地裁平成25年7月19日判決
(判例集未搭載)
※判例データベース上で参照
✔️ 事案の概要
X(妻)とA(夫)は夫婦。
AはY1(女性)と不倫関係にあった。
Y1は、
Zクリニックという不妊治療クリニックを受診、Y2医師という医師が担当となり、
不妊治療として体外受精を実施することに。
Y2医師は、Y1に対して、
体外受精体外受精の実施を受ける場合には、
体外受精に関する同意書に、
夫婦で署名するよう求めた。
Y1は、AとY1の署名のある同意書(2人の苗字が違う)をY2医師に提出した。
Y2医師は、体外受精を実施し、結果として、
Y1は、Aとの子どもを妊娠し、出産した。
出産後、Y1とAとの不倫がXに発覚した。
X(妻)は、
上記不妊治療の際に、
Y2医師が、
A及びY1の身分関係を調査せずに、
体外受精を実施したことが、
Xに対する不法行為であるとして、
Y2医師に対し損害賠償を求めた。
なお、XはY1(不倫相手)に対しても、
別途不倫に関する損害賠償請求の裁判を、
実施している。
※当事者のアルファベットは実際のイニシャルなどとは全く無関係に記載しています。
今回の解説のキーワード
「不妊治療を実施する医師の患者に対する身分関係の調査義務はあるか」
【前提の解説内容】医師の責任が発生する条件(不法行為に基づく損害賠償の要件)
医師(Y2)に、妻(X)からの損害賠償請求が認められるためには、
基本的に以下の①から③の点が必要![]()
①医師(Y2)が、配偶者(妻X)の承諾なく、
もう一方の配偶者(夫A)と配偶者でない第三者(不倫相手Y1)との間の、
体外受精を実施したことが、不法行為に該当すること
②医師Y2に故意または過失があること
③医師Y2の生殖補助医療行為によって、妻Xに損害が生じたこと
以上、①から③までの要素を全て満たす必要があり。
※今回のテーマである、医師が患者の身分関係に対して調査する義務があるのかどうか、
という点は、上記の②の「過失」の部分に関わってくる内容です。
この点について今回は具体的に解説します。
医師に患者の身分関係の調査義務はあるのか(過失の有無)![]()
もし、医師には、
不妊治療を実施する患者側の身分関係を調査する義務があるとすれば、
今回の医師Y2は、この義務を実施していないため、
医師側にも落ち度があり、責任が発生することになります。
「過失」というのは、
前回の記事でも解説した通り、
本来、調査・確認をすべき義務があって、
その義務をきちんと行なっていたら防げたはずなのに
その義務を果たさなかった(怠った)、
ことを言います。
今回取り上げている裁判例では、
訴えを起こした妻Xは、
以下の通り主張しました。
妻Xの主張
「医師Y2は、
Aと不倫相手Y1が結婚していないことを分かっていたから、
AとY1双方に配偶者が存在しないことが明らかではなければ、
AやY1と面談をしてその身分関係(結婚しているかどうか)について尋ねた上、
戸籍謄本など身分関係を示す確実な資料の提出を求めて、
これを確認すべき義務があった」
これに対して、裁判所は、以下の通り判断しました。
裁判所の判断内容![]()
不妊治療は、不妊症の男女の子をつくりたいという希望を実現するための重要な医療行為。
医師は、不妊症の男女から不妊治療を実施するよう求められてこれを実施することについて、
原則として責任を問われることはない。
平成18年2月2日に発表された日本不妊学会の見解では、
事実婚関係にある男女に対する不妊治療を可能とすべきとされている一方で、
事実婚関係にある男女に対する体外受精が配偶者としての権利を侵害するおそれがあることや、
それを防ぐための身分関係の調査義務等についての記載はない。
日本産科婦人科学会の見解で、
体外受精の患者は婚姻している夫婦とされ、
体外受精を実施する病院は患者が夫婦であることを確認するために、
戸籍を確認することが望ましいとされていたが、
平成18年4月,この解説の記載が削除された。
AとY1が医師Y2の元で不妊治療を実施した時期は、
事実婚関係にある男女に対する不妊治療が、
配偶者としての権利を侵害する危険があるといった認識や、
その危険を回避するために戸籍謄本等を提出させるという身分関係を確認する取り扱いが、
一般的に行われていたとは言えない。
したがって、医師Y2がAとY1が婚姻関係にないことを知っていたとしても、
そのことだけで、妻Xの存在を予想できたとは言えないし、
その確認のために戸籍謄本などを提出させて身分関係を調査する義務があったとまでは言えない。
![]()
裁判所は以上の通り判断して、Y2医師には、
そもそもAとY1の身分関係を調査する義務がないから、
Y2医師が身分関係の調査を行わなかったとしても、
Y2医師には「過失」は認められない![]()
と判断しました。
このように、
今回の事例で、裁判所は、Y2医師の責任を否定しました。
実際に、医師に身分関係の調査義務を要求してしまうと、
医師は、不妊治療を受ける患者の戸籍謄本などを確認しなければならず、
もし、患者側の協力が得られない場合にはどうするのか、
など難しい問題も生じてしまうため、
裁判所としては、そこまでの義務を認定するのに躊躇したのだと思います。
ただし、
この裁判例は、平成25年の判決で、
平成21年頃までの治療当時の状況を前提としています。
その後の現在までの状況を見ると、
そもそも不妊治療は、令和4年4月からの保険適用で、
実施には患者の婚姻関係が前提となったことや、
助成金を受けるために身分関係の証明が必要とされるようになってきたなど、
現状では、患者の戸籍謄本や身分証明書を提出が必要としている医療機関も多いと思います。
したがって、現時点で同じような事例があった時に、
医師の責任が認められる可能性も否定できない
ということになります。
この点に関して、
日本産婦人科医会のホームページでも、医師向けの注意喚起がなされています。
![]()
したがって、
医療機関の対応としては、
患者の身分関係の確認など、
可能な限り確認をするような体制にしておくことが望ましい
というのが現状でしょう。
時代とともに、
裁判所の判断なども変わっていくため、
常に最新の情報にアップデートしていくことが重要![]()
ということですね。
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