中華世界の秩序と愛憎関係を理解しない日本の「リスク」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

 

中華世界の秩序と愛憎関係を理解しない日本の「リスク」

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毎日新聞

習近平氏=AP

 ジャーナリストの亀井洋志氏は毎日新聞政治プレミアに寄稿した。  ◇ ◇ ◇ ◇  台湾で与党・民進党の頼清徳政権がスタートした。国会にあたる立法院では野党・国民党が最大勢力といういわば「ねじれ」状態にある。

 

  【写真】閲兵式に臨む中国の習近平主席

 

 

 中国と台湾の軍事問題に詳しい川中敬一・元日本大学教授は「まさに台湾民衆がバランスを取った形だ」とみる。そこには日本人の理解がおよばない中華世界独特の秩序と愛憎と駆け引きがあるのだという。

 

 

  ◇中台緊張のもとは「兄弟げんか」

 

 

  台湾総統は与党から選びながらも、国会議員にあたる立法委員の選挙では野党を勝たせる――。川中氏によれば、「これは台湾が親米路線一辺倒になることより、米国の対中強硬路線の捨て駒にされるのはイヤだ」という住民のバランス感覚の表れだ。  日本や米国が考える以上に「中国や台湾、華僑ネットワークが築いてきた『中華世界』の絆は深い」のだという。  そもそも近代中国は、台湾と中国双方が国父とする革命家・孫文が主導した辛亥革命(1911年)により中華民国が建国されたのが始まり。第二次世界大戦後に中華民国政府の国民党と、共産党の内戦が発生した。49年、勝利した共産党が中華人民共和国を樹立した。  つまり、現在の台湾の国民党と中国共産党は兄弟のような関係だ。国民党はその「兄弟げんか」には敗れたものの、大陸から台湾島に渡り、国民党政権と軍隊を存続させた。台湾住民の95%は中国の多数派と同じ漢民族で、その公用語も中国語だ。繁体字(簡略化されていない画数の多い漢字)を使用している。  川中氏によれば、台湾の人々は「自分たちこそが中華文明の正統な継承者であるとの意識が強い」。  さらに、台湾が孫文の三民主義(民族、民権、民生)を憲法1条に掲げ、公正な選挙で指導者を選出していることなどから、自分たちは文化的に洗練されているが、「中国大陸は『郷巴佬(シャンバァロウ)=田舎者』と見なす傾向が強い」という。  また、かつては軍事力をもって中国大陸を奪還するという「大陸反攻」(大陸部の奪還・統治)をスローガンにしていたが、今日では、軍事力も経済力も中国にはとてもかなわないのが現実だ。  そこで現在は「文化面の優位性を前面に打ち出して『大陸光復』という言い方をしている」という。  大陸光復とは、「大陸に再び光を当ててやろう」という意味だ。中国に対するこうした台湾の考え方は野党・国民党だけでなく、与党・民進党も無意識的に共有しているという。  中国との深い愛憎の絆のなかで、台湾は日本をどのような存在と見ているのか。川中氏は驚くべき事実を口にした。  「日本は台湾を同胞か同盟国であるかのように思い込んでいますが、実際の関係は違います。日本の政治家や官僚が訪台して話したことは、中国にほとんど筒抜けになっています」  ◇台湾が自衛隊元幹部から軍事ドクトリンを盗み取る?  自衛隊の元将官たちがつくった「中国政経懇談会(中政懇)」という交流団体がある。中国や台湾を訪問し、人民解放軍や台湾軍の幹部とフォーラムなどを開いている。交流を通じた相互理解を促進することが目的とされている。  この活動における台湾側の狙いは何だったのか。  「潜水艦同士の戦いや、護衛艦や哨戒機による対潜水艦戦、機雷戦に関するノウハウの取得でしょう。現在は、空軍に関することで空自からいろいろと聞き出そうと躍起になっているようです」  日本が台湾を同胞のように見なしても、相手が必ずしも同じ感覚を持っているとは限らないということだ。  一方、米国は台湾との蜜月こそ演じるが、現実には冷静に一線を画しているようだ。  「米国は台湾に装備を提供しても使い方までは教えようとしません。本当に『大陸反攻』なんかされたら困るからです。米国の本音が透けて見えます」

 

 

  ◇「中国と台湾を同時に敵に回す」

 

  このほか中華世界の結びつきの強さを象徴するものとして、尖閣問題が挙げられる。  尖閣諸島(沖縄県)の領有権を巡る紛争の発端は、中国ではなく台湾だった。71年1月、当時の蔣介石総統が「中華民国の神聖な領土」と決定。中国はその年の12月になって、領有権を主張し始めた。川中氏によると、「中国は1年近く迷った末に、『じゃあ俺も』と手を挙げたのが実態」だという。  2012年4月、当時の石原慎太郎・東京都知事が尖閣諸島購入の方針を表明した。これを受けて当時の野田佳彦首相は尖閣諸島の政府購入を決めた。中国側は態度を硬化させ、日中関係は緊迫した。  胡錦濤国家主席は日本に強く抗議し、中国国内では激しい反日デモが続いた。川中氏が解説する。  「中国側としては『地方の首長が勝手なことを言っても軍隊の出番ではないが、中央政府となると話は別だ』という論理でした。日中の外務次官級の協議も紛糾し、人民解放軍が慌てて防衛省などに“密使”を送ってきました。『中国国内は上から下まで大騒ぎだが、我々は戦争をする気はないから』と弁明しにきたのです」  また中国は南シナ海のほぼ全域を囲む独自の境界線「九段線」海域に管制権がおよぶと主張している。これも元は台湾が47年に引いた「十一段線」を踏襲したにすぎない。尖閣や南シナ海での領有権については、「中国よりも台湾のほうが強硬だ」と川中氏は指摘する。

 

 

  「前総統の蔡英文政権の時の話ですが、南シナ海の領有権に関して、主張を退けた国際司法裁判所の判決に対して『台湾の主権を断固として譲らない』と演説しています」  日本が今後、尖閣諸島に人員を送り込んだり施設を設置したりすれば、「日本は中台共通の領有権の主張を侵犯しているとみなされ、中国と台湾を同時に敵に回すことになる」と川中氏は警告する。「中華世界において、統一は儒教の理念である『徳治(道徳によって政治を治めること)』を体現し、分裂は『不徳』として忌避される」からだという。  言うまでもなく、中国の軍備拡張には警戒感を強めるべきだ。そのためにも中国の政治や軍事戦略を正確に把握しなければならない。その一方で、対中国を視野に台湾を一方的に擁護するのではなく、等身大の姿を観察する視点を持つ必要がある。中国、台湾とこれからどう向き合っていくことが日本の国益にかなうのか。あるいは東アジアに平和と安定をもたらすのか。その見通しを改めて整理しなおすことが重要だ。

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

  川中敬一(かわなか・けいいち)元日本大学教授  

1982年、総理府(当時)および防衛大学校勤務。

日本大学危機管理学部教授などを歴任。学術博士。

現在は日本大学危機管理学部非常勤講師。

共著書に『中国の海洋進出』(成山堂書店)、『「戦略」の強化書』(芙蓉書房出版)など。

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