松本健一の致命的な決定的な無知!

1992年3月5日時点の情報での、著作である。

昭和67年、ということは、つまり、昭和天皇は、亡くなっていらっしゃる。

日米安保条約の締結にあたって、

昭和天皇がどのように政治活動したかを知っている筈なのに。

マッカーサー元帥との直接交渉は、日本国家を背負った「外交戦」です。

だから、昭和天皇は、GHQ司令部でなく、米国大使館へ訪問した。

 

昭和天皇は、人間宣言をしたが、

「現人神」「自分自身が神そのもの」を否定したが、生物としては、臣民と同じだが、

「ご自分が、<神の子孫>である」ということを事実と信じていた。

(なお、著名な豪族は、皆、「神々の子孫」である。他方、民草・国民は人間。)

 

だから、

『単なる<神話と伝説とに依り生ぜるもの>に非ず。…』と、

<部分>否定を用いていらっしゃる。

つまり「天皇」と「国民」とは、決定的に異なるのである。

天皇には、民主主義、基本的人権、…は、届かない。別の世界なのである。

 

これを「キリスト教」の英国式王族と同じように変えてしまうのか?

 

明仁天皇、徳仁天皇は、戦後の「日本国憲法」の原理で、規定しようとしている。

 

日本の「天皇制」は、持統女帝の下で、決定的に変えられてしまった。

『古事記』『日本書記』が創出され、新しい政治イデオロギーが動き出した。

キリスト教の米国に完敗して、「現人神」から解放された。

 

『古事記』『日本書記』では、「天皇」そのものは、既に「人間」であった、のだ。

昭和天皇が、御自身が「現人神」であることを、本心から、否定しているのは、

何も事件ではないのだ。

 

戦後は、昭和天皇は、象徴天皇という立場で、主体的に積極的に、

憲法で禁じられている、マッカーサー元帥と、政治外交を展開した。

「日本の国体」を護持するためにした。

 

英国流の「君臨すれども、統治せず」では、なかった。

 

昭和天皇は、

首相の吉田茂を飛び越して、

ソ連や中国の共産主義の侵略から日本を守る為に、

米軍を、半永久的に日本の防禦の為に駐留させる、ことを、

米国に提案した。

吉田茂は、後から、追認して、日米安保条約を締結した。

昭和天皇は、

戦後こそ、縛りを無くして、「日本の政治」を行使した。

これは「皇祖皇孫」に対するご自分の最大の務めであった。

 

マッカーサー元帥の離任に当たって、マッカーサーの希望を無視して、

見送りを拒否した。

もう、元帥の政治の役割は無くなっていたから。

他方、

日本国民は、膨大な「感謝の手紙や葉書」を送っていた。